仕事帰りに立ち寄った本屋で
寺山修司の特集した本が三種類並んで置かれてあった

思わず手に取って買ったのは

平凡社の
別冊太陽「寺山修司」






寺山修司は早稲田大学在学中に闘病生活を送る

病が癒えてから彼はシナリオライターとして頭角を現す
劇作家として1960年に
劇団四季に書き下ろしたのが長篇戯曲
「血は立ったまま眠っている」
である






「一本の樹の中にも流れている血がある。そこでは、血は立ったまま眠っている」
というみじかい私自身の詩から発想されたこの戯曲は、60年安保闘争との関係を省いて語ることは難しい。
私の中には、その頃から、
「政治的な解放は、所詮は部分的な解放にすぎないのだ」
といういらだちがあり、それがこの戯曲をつらぬく一つの政治不信となってあらわれている。
勿論、処女戯曲だけに、言葉ばかりがあふれ出し、劇であるよりは集団朗読的な様相を呈している。
要するに、この戯曲ははじめから、「文学」を目ざしており、そのことが決定的な弱点となっている。
それでも、23歳という若年で書かれたこの戯曲に、私が愛着をもっているのは、この戯曲の中にその後の私の演劇のあらゆる要素が萌芽しているからである。

(寺山自身による「解題」から)




僕は正直言って寺山修司のことをよく知らない
それでも彼が気になるのは


自分の好きなイラストレーター
宇野亜喜良

自分の好きな歌手
浅川マキ


が多大な影響を受けた才人というイメージが常に頭の片隅から消えることがないからだ



彼はその後「天井桟敷」という劇団を率いて革命的演劇人として活躍する



しかし
1983年5月4日
47歳の若さで亡くなった


もう30年も前のことだ
それでもいまだに彼の名前を時々耳にする


いったい
寺山修司とは何だったのか

寺山修司が伝えたかったのは何だったのか


いま改めて
それを知りたいと思う。