僕が初めてジョンを見たのは
テレビで
「ヘルプ!」
っていうビートルズの映画を見た時だったよ
これが有名なビートルズか…
ジョンだけが区別がついた
4人の中では一番日本人に近い顔に見えたんだ
他の3人は区別がつかなかったよ
だって僕はまだ子供だったからね
中学生になると
僕の小遣いは全部ビートルズのレコードに変わった
僕は毎月小遣いを貰うと自転車に乗って30分かかる街中のレコード屋まで走ったんだ
そこの店では
時々ビートルズ祭りってやつをやっていて
ビートルズのレコードを買った金額でくじ引きをしてビートルズグッズをプレゼントしてくれるんだ
ポスターが当たった時は嬉しかったな
やっぱりジョンが一番カッコ良かった
ビートルズの記事を読むとジョンはいつも面白い事を言ってみんなを笑わせていたのが好きだった
一番のお気に入りはロンドンの王室も観覧する音楽祭で
「安い席の人は拍手をしてください。高い席の人は宝石をジャラジャラ鳴らしてください」
ってやつだった
面白いなぁジョンは!
ビートルズ後期の頃にジョンがかけていた丸メガネに憧れてメガネ屋で丸いダテメガネを作ろうと思ったよ
やっとそっくりなのを見つけたけど
ぜんぜん似合わなくてあきらめたよ
悔しかったなぁ
ジョンのインタビューでビートルズ時代に作った曲を解説した記事を読んだ
好きな曲がジョンの曲だと大喜びして
好きな曲がポールの曲だと少しがっかりしたよ
だって
「ヘイ・ジュード」や「アイ・ウィル」「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」
はポールの作品だったからね
でも
「ヘルプ」「アイム・ルーザ」「レボリューション」「ハピネス・イズ・ア・ウォームガン」「ヤー・ブルース」「アクロス・ザ・ユニバース」
はジョンの作品だった
嬉しかったなぁ
やっぱりジョンの曲は最高だ
僕はジョンがずっと好きだったけど
なんでヨーコを選んだのかが長い間理解できなかった
でもインタビュー記事や二人のエピソード、ジョンの生い立ちを知ってなんとなく分かってきたよ
ヨーコと出会ってからのジョンは精神的にとても安定して満ち溢れているように思えた
これで良かったんだね
30数年前の今日
凶弾に撃たれてこの世を去ったジョン
まるで映画のような信じられない最後だった
悔しいけれど
去りゆくものは
この世に未練を残してはいけない…
残されたものも同じなんだと思う
ありがとう
いろんな事を教えてくれて
君を知れて心から良かったと心から思うよ。