まだ携帯電話も無かった頃
夜の東京の地下鉄で突然停電事故が起こった
車両内は真っ暗になり
仕事帰りの人々の悲鳴と怒鳴り声で車内はパニックになった
しばらくの後
一人の青年がポケットにたまたま入っていた油性マジックとマッチを取り出し
マジックの芯に火をともした
その明かりによって人々は冷静さを取り戻したのだった

その簡易ランプが安全か危険かどうかよりも
人々は青年のとっさの機転の素晴らしさに拍手を送ったのだった


この話を聞いた時
僕は少年時代の古い友達の事を思い出した
小学5年生の夏の終わりに彼は僕の学校に転校してきた

彼は頭のいい子だったがいわゆる優等生ではなく
学校の授業には全く興味のない子だった
例えば理科の授業で先生に
「宇宙の銀河の果てには何があるんですか?」
と質問して困らせたり

社会の授業で
「マヤ文明はなぜ滅びたのですか?」
などと質問したりしていたのだった

放課後は校庭の隅でよく一人で遊んでいた
でも孤独ではなく
誰かに話しかけられると笑顔で話し込んでいるのを何度も見かけた
僕が話しかけた時も彼はにっこり笑って
「いま蝶道を調べているんだ。分かってきたよ」
と言った

「蝶道って何?」
「蝶が必ず通る道があるんだ。蝶は毎日その蝶道を飛ぶんだ。だからそこで待っていれば捕まえる事も簡単さ」
「凄いね!君って頭いいんだね」

そういうと彼は珍しく照れくさそうに笑った

6年の秋になる頃には僕達は友達になっていた

ある日
校庭の裏で彼は奇妙な事を言った

「人間ってね みんな知らないけど すごい力を持っているんだよ」
「どんな?」
「簡単に過去や未来に行けるんだよ」
「そんなのできっこないよ」
「簡単さ こうやるんだよ」
と言って彼は片足で立ってバレリーナのようにクルクルと回りだした

僕が呆気にとられていると
「いいかい 右に回ると未来に行けるんだ。左に回ると過去に行けるんだ」
「でも君 回ってるだけだよ」
「君は過去に回っている僕の残像を見てるだけなんだ」
「なんか説得力ないよ 分かりやすく証明してよ」
「分かった 何か困っている事ないかい?」
「昨日 財布を無くしてしまったんだ探したけど見当たらないんだよ」
「よし分かった 明日の放課後にここにきてよ」

次の日の放課後
彼は校庭の裏で待っていた
「はいこれ」
それは確かに僕の財布だった

「どこにあったの?」
「3日前の君に聞いてきたんだ」
「でも…僕は3日前には君に会ってないよ」
「僕が過去に戻ったから違う過去になったんだ。時間は螺旋階段のようになってるんだ」
「僕には難しくてよくわからないよ」
「今度 未来に行ってくるよ。また明日会おう」

次の日に会うと彼はとても興奮していた
「未来は凄いんだ みんなが幸せに暮らしている。争いごともなくみんなが平和なんだ。僕はもっと未来に行ってくるよ」
その次に会うと彼はひどく落ち込んでいた

「どうしたの?」
「僕はできる限りの力でうんと遠い未来に行ってきたんだ。でもそこには何も無かったんだ。人間も植物も何も無かった…。人間は地球をどうしてしまったんだ…」
「分からないよ僕には…でも君は未来に行く時 何故次の日に戻るの?今に帰ってくればいいじゃない」
「それはね 同じ時間、同じ空間に、同じ人間は存在できないんだ。僕は二人存在できないから時間をずらすんだ」

僕には訳が分からなくなってきた
「う~ん じゃあもっと過去に行ってみれば 違う発見があるかもされないよ」

彼は はっと何かを思いついたように顔をあげた
「そうだね。君はいい事をいうね。僕はいまからうんと過去に行ってくるよ。また君に報告するから待っていてくれよ」
そう嬉しそうに言うと校舎の裏に走って行った

僕は何だか不安な気持ちになり
少し遅れて彼の後を追った

しかし
校舎の裏側には誰もいなくて
人間ぐらいの大きさのつむじ風が
プラタナスの落ち葉を集めて
クルクルといつまでも回っているだけだった

あれ以来
二度と彼を見る事は無かった

不思議な事に
それ以来
先生も彼の事は一言も口にする事はなかった

彼は本当に存在していたのか
いまとなっては
長い夢を見ていたような不思議な気持ちになるのだ…。