1999年の冬である。
「あ」と過ごす初めての冬。
アテネの町はしんと冷え込んでいたが
活気ある人々の暮らしが日々盛んであった。
まさに,猫の額しかないバルコニーに
座り込む幼き「あ」である。
「あ」にとっても,初めての冬であった
のかもしれない。
隣のビルにはパン屋があり,朝は薄暗い
時間からほっかほっかのパンの焼ける
匂いがぷんぷんと漂っていた。
春になると、下の庭に生えている
レモンの木がいたくジューシーな
香りをぷんぷんさせていた。
アテネの、ギリシャの冬は長い。
12月になると暖炉の薪の燃える匂いが
しんとした寒さの中、香ってくるのである。
猫の額しかなきこのバルコニーから
実に、生活の匂いが、それぞれの季節を
ぷんぷん風に運んできていたのである。
「あ」は、朝,昼、夕方と、時折夜に
ペチャッと座りこんで人の生活を覗き
込んでいた。
時々,上の階から降ってくる洗濯物や
植木の水をかぶっていたが・・・・・
いつも、サンにちょこんとお手手を乗せて
じっと覗き見していた。
二人だけの冬である。