中途障害者生活(前編) | 苺畑でつかまえて・アメーバ店

苺畑でつかまえて・アメーバ店

元バンドマンの「ぼやき」と「マニアック」なブログ


しっかし「障害者」だなんて、何てダサい響きなんだろう。
そんなダッサい者にまさか自分がなるなんてね・・・。
あ~あ、ヤダヤダ。
今後の人生、障害者として生きてかなきゃならないなんて本当ヤダ。
でも、だからって俺自身から降りる事は出来ないから、このまま生き続けて行くしかない。

最初は「今はこんなんでも中身は以前の俺と何も変わってないんだ」と思って、発病前と何も変わらない生活スタイルを望んでたんだけど、よくよく考えてみれば俺は発病したあの日あの時に死んでいたも同然なんだった。
だって脳幹出血って普通なら一発で即死なんだからやっぱり俺はあの時に死んだんだと考えるべきだろう。
たまたま運良く生き残っただけで、普通なら即死で俺の人生もクソも無く終わってたんだから、それまでの生活スタイルの続きが出来ると思ってはいけない。
そう思って以前の自分と比べるから「アレも出来ない」「コレも出来ない」って出来ない事で気持ちがBlueになるんだって自分に言い聞かせる様にしてる最近は。
だから中身だけは以前のままの身体障害者として生まれ変わったと思わなきゃいけないんだろうな俺は。

今でこそ差別的な呼び方をしないように心掛けてるけど、それまでの俺はどっちかと言うと差別的な呼び方を色んな場面で平気でしてた。
今は差別される立場だから自虐用語だな。
俺みたいなのは総称して「K.W」と呼んでいたし、キリスト教の信者の事を「A.Mさん」と呼ぶんだと最近知って大爆笑した。
以来俺の中で大ヒットで事ある毎に「A.Mさん」と連呼してる。

そのキリスト教の教えによると「神はその人に乗り越えられる試練しか与えない」と言ってるらしい。
それなら「俺にこの試練はとても乗り越えられないので直ちに撤収して元に戻して下さい」って思う。
俺は元々信心深く無かったけど、こんな身体になって余計に「神も仏も無いもんだ」って言う気持ちが強まった。
だからこんな身体になってもなお「神様」「仏様」と信心するなんて俺には絶対に有り得ない。
すると恐らく「でもそうやって生き残ったのは神様のお陰よ」なんて言うんだろうな新興宗教の人達は。
だけどさ生死を彷徨ってる時にだって「こんな身体になっても良いから生き残りたい」なんて頼んで無いっつーの !

いや、そう頼まなかっただけで思ったのかも知んないな。
よく覚えてないけど。
思った事でハッキリ覚えてるのは「妻に伝えたい事がある」だけ。
だからそれが済んだらもう良いと思った・・・。

俺が妻と結婚する前に恋愛した女性達を思い出す事はマズないんだけど、20代、30代の頃の自分の事を思い出すとグリコのおまけみたいにもれなく付いてくる。
そんな時に思い出しても以前なら「幸せになってて欲しい」なんて漠然と思っていたが、この不自由な身体で散々介護された今は「不幸のどん底でいて欲しい」とか「召されてて欲しい」と思う様になった。
俺がそうでも思わなきゃ妻に申し訳ないって言うか何か妻が貧乏くじ引いた様な気がして・・・。
勿論、妻は俺がそんな風に思う事を望んでないだろうけどさ。


最近知ったんだけどテレビで「バリバラ」と言う障害者メインのバラエティー番組を演ってる。
バリアフリー・バラエティー、略して「バリバラ」。

その番組の「ここが変だよ健常者」の回では、親切心は有り難いんだけど一般人は車椅子は押すもんと思ってるらしく、電動車椅子なのにこん身の力で思いっきり押された。
「そんなに力一杯押されたら壊れるっつーの」とか、「お兄ちゃん頑張っとるなぁ」と電動車椅子のコントローラーにお金を置いて走り去るオバチャンとか、車椅子の人がヘルパーと路線図を見てると「どこまで行くんですか ? 」とヘルパーに訊く駅員とか、これは正月にウチで飲んだ人も言ってた。
ヘルパーが車椅子を押しててもベビーカーじゃ無いんだから、主導権は車椅子の人にある。
どっかの食堂に入っても「ご注文は何にしますか ? 」って車椅子の人に訊かないでヘルパーに訊くんだって。
決めるのは車椅子の人なのに・・・。
『それは盲導犬に訊く様なもんだ‼︎』って正月にウチで飲んだ人が言ってたけど『その通りだ‼︎』と思った。
喋れないならともかく凄く失礼な話。
でも、この場合もし俺だったらヘルパーに言って貰って俺は喋らない方が良いんだろうな。
俺の言葉が聞き取れないと店員に迷惑だし。

それからこの「バリバラ」の恋愛の回で或る車椅子の男子が「自分はこんな身体だから彼女に何もしてあげる事が出来ない」とボヤいたら、「こう言うのも在るよ」の一例として紹介されたスゴい話が在った。

それは電動車椅子サッカー選手の男子とそのチームマネージャーの健常者の女子の話なんだけど、そのサッカー選手には常にヘルパーが付いてて、彼女にサプライズでプレゼントする時もヘルパーに協力して貰わなきゃなんない。
まぁ仕方ないよな。
だけど彼女とのデートもヘルパー付きだし、驚く事に「お泊まり」もヘルパー同伴だ。
ヘルパーに手伝って貰って彼女を抱きしめる。
テレビではここまでしか映さないけど、じゃあイタス時はどうするんだろう ? その時までヘルパーが手伝うんだろうか ? それじゃ3Pだ。
そんな所まで手伝いが必要な障害者もいるかも知れないけど、彼はそこまで重度じゃないと思う。実際は判らないけどさ。

そもそも彼女が介護すれば全て問題ないのでは ? と思った。
ウンコとかオシッコの世話を彼女にはさせたく無いとかってあるのかも知れないけど。
まぁ、それでウマく行ってんなら他人が口挟む事じゃないけどさ。
「こう言うのも在るよ」って事だけど「こう言うのは無いよ」と俺は思った。
とにかく俺には絶対に無理。
妻を俺からは確かに抱きしめられないけど、それなら妻に抱きしめて貰えば良いじゃんと思ってる。
他人に手伝って貰ってまで抱きしめたいとは思わないな俺は。

ところで、この番組を好意的に見てるのは障害者が多くて、「障害者を食い物にしててけしからん ! 」とクレーム言って来るのは健常者ばっかりらしい。
何か面白い。


(この「カツブログ-43/中途障害者生活(前編)」は2012年6月22日、「苺畑でつかまえて」FC 2 本店にアップした物です。)