東京五輪の開会式がありました。

全部観ていませんが、舞台裏で奔走していた方の存在を知りました。


 

1964年当時の空気は明るく、前向きで、希望に満ちていたのだと思います。

しかし、今回と同じように陰で忍んで、涙を飲んだ層(やはり社会的弱者)が確実にいたのだと推察されます。

 

 

 

五輪騒動でわかったのは、国民と政治家との思惑のあまりの乖離です。

そして政治家たちの人権意識の低さもよくわかった。

自民党のおじいさん政治家の悲願なんですよね、東京五輪開催は。

 

 

 

アスリート達の立場の弱さ、社会的な基盤のなさも知りました。

彼らは「五輪を強行してほしい」というデモ行進をしません。

デモをやるならその時間を練習に費やしたいというのが本音かもしれません。

 

 

政治やその時々の社会情勢に左右され、社会的な立場が弱く、

彼らもまた社会的弱者(マイノリティ)なんですね。

突出した類まれな才気をもつ選ばれたごくごく少数者。

この1年半でどのくらいのアスリートが世情に翻弄されたのでしょう。

 

 

感染のリスクをおかしながらも各国から集まり

ひたすら競技に専念するオリンピック選手を心から応援します!