今回のコロナ禍で
「医療従事者」に感謝しよう、
というキャンペーンが世界的に広まりました。
キャンペーンは別にして
働き分に見あった充分な手当てを受けられない、という悲鳴をあげたたくさんの看護師の方々がいらっしゃいます。
休みはとれない
残業続きで倒れる寸前
子どもの預け先の保育園が休園
さらには保育園の他の保護者からの「コロナをうつすな」などのいわれのない苦情や差別など、
本当に大変な苦労をされたと思います。
大学病院によっては
看護師にボーナスがでないという声もあり、ニュースは連日医療従事者、
おもに看護師や医療ソーシャルワーカーの不遇を報道していました。
看護師さんの仕事が大変なのは
仕事の内容だけでなく
夜勤もある、ということです。
しかし、
医者で
「宿直がつづいて大変」
「激務に耐えられない」
「ふさわしい手当てがない」
という不満を聞いたことがありません。
それだけ医者は優遇されているのです。
医師会が強力なタッグを組み
政府に直接関与しています。
医療保険や介護保険の制度や
その変更の仕組みにまで舵をとっているからです。
それだけの権力とお金を医師会は
維持しています。
もちろん政党とも結びついています。
地域や専門分野によりたくさんの医師会が存在し、それらは一般市民に閉ざされた世界であることも問題です。
前回のブログで
集団ストーカーのテクノロジー犯罪に触れましたが
脳内に電磁波などを介在して思考や感情、
行動を操るという事実は
軍事技術ですが
その前提に医学が軍事産業に
研究の内容や成果を受け渡さないかぎり成り立たないはずなのです。
軍事研究に携わった医師は
その「功績」をたたえられるのでしょうか。
当然、
医師のモラルや倫理が問われるはずなのに
それをチェックする機関が見当たらないところが問題なのです。
創価警察とはよく聞きますが
創価医師もあるでしょう。
日本人は本当に情けないくらい
権威に弱いので
「医者である」ということだけで文句や不満どころかなにも言えなくなってしまうのです。
医者は患者の尊厳を守らなければなりません。
患者の人権を守らなければなりません。
患者である私たちは
「もっと病気について詳しく説明してほしい」
「治療法をあるだけ提示してほしい」
と訴えてかまいませんし
「他のお医者さんの意見も聞いてみたいので、データをお借りしてもいいですか」と躊躇なく申し出てもかまわないのです。
医師と患者は本来、対等な関係なのです。
気になったのは11月2日の読売新聞の朝刊に『着床前診断可否 医療機関で 日産婦(日本産科婦人科学会)見直し案 夫婦意見も反映』という見出しの記事です。
受精卵の段階で重い遺伝病(そもそも重い遺伝病って具体的になんなのでしょう)の有無を調べる着床診断についてです。
記事には
(今後)希望する夫婦の意見を反映させる仕組みも構築する、とありますが
いままでは「夫婦の意見」を反映してこなかったのでしょうか。
それまでは日産婦の医師が、遺伝病があるかないか、審査してきたそうですが
病気や障害を持つ人の排除につながるのではないか、と懸念し、
法律や遺伝の専門家による
「別の医師会」に判断を委ねる、
という大きな変革、
責任のありかの移転が
おきようとしています。
日本人は他の人と違うことを嫌う人種です。
着床前診断により
重い病気や障害があることがわかった、
では産むのをやめましょう、
というのは殺人罪にはならないのでしょうか。
私たちは自分たちの身体の状態に無関心ではいられません。
医者にすべての判断を委ね
診断を仰ぐ前に
私たちも自分でもっとよく調べなければなりません。
医者に対しても「その考え方や治療方針はおかしいのではないか」と患者がはっきり言えるようになれば
医者の質の向上にもつながりますし
医者は国家試験を通れば地位と名誉とお金とさらには権力さえ手中におさめられる、
という甘い考えを捨てられます。
患者さんのために役に立ちたいと心底思う人だけが
医業を続けていけるようになれるはずなのです。
私たちは政治家や政治のありかたに目を向け、「物申す」だけではなく、
命を預けている医師に
それは本当に正しいのか、と
「物申して」いいのです。
コロナを封じるワクチンを果たして全国民が受けなければいけないのか
そこにどういう拘束力がはたらくのか、
ワクチンの効果や副作用を
ひとりひとりの医師がどうとらえているのか、 率直な医師たちの本音を自分は知りたいのです。
