首里城が焼けて明日で一週間経ちます。
まだ気落ちしている自分がいます。
引っ掛かるものがある。
先月31日の未明に火災発生、消火するまで11時間ほど掛かったそうです。
消火にほぼ半日掛かったことになります。
ということは皆、早朝テレビを点けると同時に「リアルタイム」で首里城が焼かれているのを
見たことになります。
あの日、テレビを点ければ否が応でも首里城炎上を目にしたはずです。
自分も朝一番にニュース番組で知ったわけですが炎が燃えさかる首里城が目に焼き付いて
離れません。
瞬時に「放火か?」と思いましたが違うよう。
二千円札に描かれていた首里城の守礼門はまさに沖縄の玄関、そしてシンボル。
守礼とは『礼節を守る』という意味だそうです。
そういえばこの頃二千円札を見掛けません。
沖縄では普及することを望んでいたのになぜ流通しないのでしょう。
自分が思うにコンビニなどのお店のレジ精算の時、面倒だからではないか、と踏んでいます。
以前ある店舗でレジをまかされましたが二千円札は五千円札と間違えやすく、
お釣りが発生する場合、急いでいると2千円を5千円預かったと思い、多くお釣りを渡し、
かえって店側は損をするという事態がわりとよくありました。
店を閉めるとき、必ずどの店舗でもレジの帳尻が合うか計算しますがこれが1円でも違うと問題になりますし、
お札の釣り銭間違えは大問題になるからです。
なぜ首里城は焼けたのか?
消火活動以前に世界遺産なのだから厳しいセキュリティで守られ、厳格な消火設備があったはず。
これがもし、一万円札の鳳凰が描かれている、
やはり世界遺産の宇治平等院(京都)だったらどうなるだろう。
万が一にも宇治平等院が火事に見舞われたら直ちに税金が投入され、そっくりそのまま再建される
ことが最優先されるのではないでしょうか。
なぜ「沖縄」ばかりが。
という問い。
ずっと今日までひきづっています。
首里城のほぼ全焼という事実は沖縄に必要で十分な予算をかけていないのではないか。
経済的に追い打ちをかけるようにさらに痛めつけているのではないか。
そんな気がしてならないのです。
度重なる火災をくぐり抜け、ようやく今年初めに首里城は修復を完成させたばかりなのに。
ずっとなん百年、なん千年と佇んでいるわけではないので、
修復に手掛けた人たち(大工さんや建築家、歴史学者など)がいま、生きている、健在であるという
事実が重いのです。
しかもご高齢であればなおのこと。
もう存命中にあの首里城は見ることが出来ないという絶望。
戦中にやはり焼失された首里城の再建は戦後間もなく多くの人々の悲願だったのです。
救われるのは再建するのならば必要な「資料」が手元にあるということ。
瓦はほとんど消失していまったらしいので一体どのようにして復元するのでしょう。
瓦の検証は建造物では非常に重要で
この検証とともに復元作業は途方もなく時間が掛かるんですよね。
なんどもなんども惨禍をくぐり抜けた首里城の再建をあきらめたくはない。
なんどもなんども苦難をくぐり抜けた日本の再建をあきらめたくはない。
ネットで発信された方もいらっしゃいましたが
首里城の焼失はいま現在の日本になにかしかの
予兆、示唆を発しているように思えます。
令和の幕開けは大惨事をもたらした台風、そして首里城焼失。
安穏としていられない気がします。
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