今朝、たまたまTVをつけたらNHKで「日曜討論」をやっていました。
与野党各党の政務調査会長が『働き方改革』や明日から始まる『予算議案(カジノ設立の是非など)』や『憲法改革』について議論していました。
注目したのは『働き方改革』の議論です。
残業時間の数字や過労死がクローズアップされていました。
毎月100時間残業だったとしたら年間何時間になるとか。上限は何時間までとか。
本筋は残業時間や過労死を防ぐことではないと思いました。
この手の議論は50、60歳の「おじさん」より若い人(20代、30代)の意見を聞きたいな、と思います。
新卒で就職出来なかったらなかなか「正規社員」にはなれないいまの日本の仕事の就き方や「正規社員」や「非正規社員」の意味をもっと掘り下げて欲しかったな、と思います。
いまの時代、「正規社員」になるのは椅子取りゲームでどこの企業も受け皿がないから仕方なく「非正規社員」でいる人達がどれだけ多くいることか、各政党の上にいる方は現状を知らないのかな、と思いました。
「正規社員」と「非正規社員」の格差を出来るだけなくすのではなく、一律に「正規社員」を増やせばいいと思っています。
仕事の内容に大差がないのなら。
格差を出来るだけなくすって格差ありきなんですね。
では非正規社員でいることのメリットってなんなんでしょうね。
社会保険はそのままに残業時間を皆で等分して「非正規社員」をなくし、「正規社員」を増やすのです。そして長時間労働をなくすのです。
だめかな?
社会保障の大きな要の年金支給制度と国民健康保健組合制度にほころびの兆しが見えるのに経済状況は堅調あるいはこれから発展してゆくだろうという楽観論は通用しないと思うので、いままでの土俵にいられないと思いますがいかがでしょうか。
ところで人間は幸福であるときと不幸(いちがいに言えませんが病気であるとかなんらかの障がいがあるとか)どちらのときの方がお金を使うのか、考えました。
自分が幸せであると認識している人は現状に満足して必要以上の消費をしないような気がします。
案外あまりお金を使わないかもしれない。
浪費しないかもしれない。
でも病気であったりすれぼ治療にお金がかかりお金を消費します。
努力が報われなかったりなんらかの障がいがある人はその場しのぎの消費をしてしまいがち、と思うのは独りよがりでしょうか。
だから資本主義で成り立っている現状の日本では国民を不幸であらしめ、経済を循環させているのではと勘繰りたくもなるのです。
人を不幸たらしめ、お金の流れを促すのではないかと。
実際大手銀行でリストラ敢行や転職者が続出するニュースを最近目にしましたが、本当に経済は堅調なのだったらあり得ないのではないでしょうか。
国民の財布の紐が固いとき、否が応でも消費を促すのなら人々が不幸の方が都合がよいと思うのも勘繰りすぎでしょうか。
だから集団ストーキング行為が成り立つのではないかと。
よってたかって一個人をいじめる。
経済をまわすために特定の人間を不幸にさせる。病気や怪我その他でお金を使わせる。そして経済をなんとか「活性化」させる。
だとしたらすごく身勝手な言い分ですよね。
不幸にする、嫌がらせをするのははっきりいって考えなくても出来るから楽でしょう。
そして面白味もあるでしょう。
一種のゲームととらえる人もいるでしょう。
いじめや嫌がらせをするために集団で一致団結するのではなく、もっと生産的な明るみのある方向に人の心を転じることは出来ないのでしょうか。
とくに人々の信仰を拠り所にする団体は。
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写真の画像がどうしてもとりこめません。