集ストの被害をしみじみ? 鑑みて思うことあがる。



とにかく人間の持つ残忍性についてことごとく心理学を悪用しているのではないかと思うのだ。



本来、人間は生き残りために人より優れていたいと「渇望」してきたはずだ。
そして脆弱な精神(精神疾患とはまったく別物です)というか弱い心の持ちようの人間は、イヤなやつ、目の上のたんこぶ的な存在のやつは「消えて欲しい」と願ってきたのだろう。





そんな古来からある人間の心理の弱みにつけこんだ手口が集ストという犯罪だろう。



一人で勝手に「あいつはきらいだ!」と思っている相手を合理的にいじめる、いためつける方法。



集団ストーカーの手口である。



「虫の好かない人間」を悪人にしたてあげる。

→なんとか「人として」まっとうな人間に仕立ててあげよう。


→なんとか人目につかないよう、大人しく自室にでもこもってもらおう。



そんな目的の為に集ストのターゲットになった人間を「いじめる」理由を正当化する。


その為にはルールを決めなければならない。


だから一人で行えないのだ。



有名な法律家が言っていたが、人間は「悪人をいじめるのが大好きなのだ」という言葉を思い出す。



つまり「いじめ」は一部の人間にとって楽しい行為なのだ。


言い訳を作り、虫の好かない人間をいじめたいのだ。





もちろん、そんなこと、許されるはずがない。


いまはいじめは「犯罪」であるということは一般的に理解されている。



相手にどんな非があろうともいじめていい、なんていう理屈は絶対に間違っている。


「いじめを行っていい」という考えはたとえどんな人間であれ、どんな理由があれ、絶対に許されないのだと思う。





今日も電話がうまく通じなかったり(そもそも相手方と繋がらないのだ)、マンション内の騒音がひどい、各戸で順番に壁を激しく打ち叩く、偶然を装ってドアから出てくる等色々ある。



毎日するそれは、いじめです。

犯罪です。