続きです。

 

前回は、Linkwitz Transform(以下LT)の補償原理を説明しました。

密閉型ラウドスピーカーは比較的線形性の高い二次系の線形モデルで近似できるから、数学的に特性改善ができるというものです。バスレフなどの4thを越えるものは非線形要素が多くなり数値も揺らぐ上、補償量も過多になるためリニアリティの高い補償は無理ですね。

 

 

ディジタルフィルターへの置換

 

補償回路の伝達関数が判りましたので、仮にこれをKhと置くと、

 

これが最終的に必要な、補償回路の伝達関数です。

元ネタはこちら(本家)。

 

Fc1、Qtc1が補償前の低域特性、Fc2、Qtc2が再定義したい低域特性です。

 

上式を見ると、分母分子ともにsについての二次式となっています。このような関数のフィルターは Bi-quad fileter (双二次フィルタ)と呼ばれます。Bi-quadフィルターは、ハイパス、ローパスフィルタをはじめとして、バンドパス、シェルビング(シェルフ)、ピーキング、ノッチ、オールパスまで、さまざまなIIRフィルタを形成することができます。

そして、上式が示すように、LTもBi-Quadで実装できることが判ります。

 

Bi-quad filterをディジタルで実装するには、係数の転換が必要です。ありがたいことに、それらを詳細に説明してくださっているページが世の中にはたくさん有ります。

 

 

計算式だけでなく、世の中にはわずかな変数を入力するだけで、ディジタルフィルタの係数を自動算出してくれるようなスプレッドシートやソフトウェアも大量に出回っています。それらを使えばディジタルフィルタの専門知識や面倒な計算をすべてスキップできます。昔はすべて手探りだったが、今は全てがすぐ手元にある。とても有り難いことです。

 

実はminiDSPのサイトもそのひとつ。一発でLTをはじめとした係数演算をしてくれるスプレッドシートが提供されています。

 

https://www.minidsp.com/applications/advanced-tools/linkwitz-transform

 

上記サイトで、[Biquad calculation spreadsheet]

をダウンロードし、必要数値を入力するだけ。これだけで、必要な a0, a1, a2, b0, b1, b2が算定されます。

それをminiDSPのAdvanced Filter = Biquadの項へ入力するだけで、セットアップが完了するんです。私に言わせれば、フィルタ係数を勝手に計算してくれるソフトもminiDSPの安直環境提供も、すべてがチートです。

 

 

 

スピーカー側の下準備

 

本稿では、KENWOODのLS-11ESを題材にLTします。

しかし、LTを行うには幾つかの実現条件があって、その大きな要素のひとつにドライバーの素性(設計)があります。

LTに用いるウーファーは、FsやQtsが低いことももちろん要件ですが、それ以上に大切なのがLiner Excursion widthの大きさです。つまりココ、Xmaxですね。

 

 

LS-11ESのXmaxは設計値が明らかになっていないので私にも分かりません。ただ、他のパラメータを見る限り、FsとQtsが極端に高く、とても古臭い、技術のことをあまり分かっていない人が設計したドライバーに見えています。このことからも、Xmaxはほとんど期待が出来ないと思っています。このウーファーのFsやQtsが高いことも、LTには不向きです。最適なドライバーではないこと百も承知でこの取り組みを行います。

Xmaxがあまり取れていない場合、やることはカンタンで下限伸長を欲張らないこと。つまり再定義するFc2をわりと高めに設計することで問題回避ができます。最適ドライバーでない場合、せっかくLTするのに殆んど低域を欲張れないということになりますね。

 

LS-11ESを密閉型に改造します。

まず、こんなポート栓を作りました。

 

エポキシを溶いて、(私の場合、エポキシはガスバーナーで炙った後に爪楊枝で撹拌します)

 

瓶にエポキシで蓋を接着し、

 

周りに空気漏れ防止のフェルトを貼ります。

 

あまりにサイズピッタリだったため、回転させ徐々にねじ込まないと入っていかないくらいにシンデレラフィットとなりました。若干のリーケージはあるでしょうが、これならFbとQbの極端に低いPorted=ほとんどClosedの動作にはなったかと思います。

 

内部の吸音材も増やしておきます。

アクースタスタッフをぎちぎちモフモフ気味に詰め込んでおきます。こんな事をしてもQは下がりきらないでしょうけどね。。。コレやっとくだけでも、ややブーミーな音質的なクセが少なくならんかな?と期待しています。

 

 

密閉型の実測と、Bi-quad数値計算

 

ここまで調整した段階で、LTに必要となる情報:このスピーカーシステムのFc1、Qtc1を実測しておきましょう。

以前、ブレイクイン実験でも示したとおり、FsとQtsは鳴らし込みと温度上昇で少し変動します。このため、20Hzブレイクインを15分間続けた直後のFc1, Qtc1を測っています。

このインピーダンスカーブを見る限り、ほぼ完全にClosed(密閉型)に見えますね。

 

Fc1 = 98 [Hz]    ....(*1)

Qtc1 = 0.78       ....(*2)

となりました。この値を採用します。

 

これを前述のスプレッドシートの[LT]のシートに入力します。

 

再定義するFc2, Qtc2は少し欲張って、25Hz, 0.7としてみました。(Qを低くしないのは、このドライバーだと無理があると思っているからです。)

上記のf(0), Q(0)が私の言うFs1, Qtc1,  f(p), Q(p)がFs2, Qtc2にあたります。

 

目視でヤバそうだったら、上記Fc2はもう少し引き上げます。この辺りは視聴する音量次第です。

 

得られる特性がこちら。青がオリジナルの特性。赤はLT後の特性。オレンジがイコライジングカーヴを示します。

 

スプレッドシート上には算出されたフィルタ係数が示されます。

 

 

今回は、LTに限ってご説明しましたが、他にもノッチやオールパスなど、様々な使徒に使えます。ヴァーサタイルだから市販スピーカーの特性改善にも使えるってことなんです。

 

 

miniDSPへフィルタ実装

 

あとは得られた係数、a0-a2, b0-b2をminiDSPの [PEQ][ADVANCED MODE]で数値転記するだけです。

 

たったこれだけ。

 

それで先程の補償カーヴがminiDSP上にも示されます。

 

これでLTは完成です。どうでしょうか、このあっけなさ、お手軽さ。

 

ただし、このお手軽さによってアナログドメインのLTや私のオプティマイザの価値が落ちることはありません。LTはどんなスピーカー、どんなアンプでもやって良い行為ではないです。系に色々と厳しいレギュレーションを要求されるのですが、回路のヘッドルームもそのひとつです。ご覧のとおり補償カーヴが+20dBを越えており、ディジタルドメインでこれをしてしまうとヘッドルームが奪われ/ダイナミックレンジに制約が出ます。その点だけに着目すれば、相変わらずアナログ回路にも存在意義があるわけです。最初から自力に余裕のある超大型システムで、補償ゲインが+12dB以内であった場合は、ディジタルでやった方が優勢かも知れないです。

 

 

さて、準備は完了です。

 

正確な計測環境が要求されるだけでなく、特殊かつ専任の回路設計と制作が必要など、一部マニアの占有で高嶺の花だったLinkwitz Transform。それが、DSPではここまでカンタンに実装できるんです。

 

理論はこのくらいでいいでしょう。次回以降、決してLTに相応しいとは言えない題材KENWOOD LS-11ESは大化けするのか? それともドライバーの素性の悪さを露呈して簡単に破綻するか?  ・・・おっとその前に、3wayフィルターのディジタル換装もしていかないといけません。LS-11ESを骨までしゃぶるシリーズ。ディジタルで使い倒すまで、あと少しだけお付き合いください。

(ということで、miniDSPの記事とKENWOODの記事が完全にコンフリクトし、記事のナンバリングは難しくなりました)

 

 

 

*1 : Fs=98 Hz はLTにとってはかなり不利と言えます。ゲイン(補償量)を沢山取らないといけないので。アンプ/ドライバー/ディジタルのbit余裕すべてに負担が大きくなります

*2 : 元のQが鬼高いドライバーにしては、この仕上がりQtc1は立派な方です。本当は0.5以下だとアンプがラクになります。

ちなみにXbassの元Qtc1は0.41程度と激低です。(市販スピーカーにはそんなモノ存在しません)