先週はドタバタしていたので,録画が溜まっていました。
先週の「ビーバップハイヒール」をようやく見ました。
今週のテーマは日本酒。
日本の半分以上の酒蔵が関西にあります。
現在のような清酒はどこが起源なのか?
灘なのか伏見なのかと思ったら,伊丹でした。
それまでの日本酒は濁り酒。
伊丹の酒蔵である事件が起こります。
酒造りの主人とけんかをした者が嫌がらせに酒樽に灰を入れたそうです。
翌日酒樽を見ると,澄み渡ったぴりっと辛い酒が。
以来,伊丹が酒造の中心になったそうです。
伊丹がブランド化するにつれて,規制が強くなります。
自由化を求めて一部の酒蔵が灘へ移転しました。
灘で井戸が発見されると,名水で作る灘の酒が評判を呼び,
伊丹の酒造りが衰退していきました。
現在に残っているのは,有名な小西酒造1社のみだそうです。
おいしい日本酒で有名なところがありました。
それが河内長野の金剛寺。
ランニングでお世話になるお寺です。
仏教伝来の後,仏教を学ぶため中国に学びに行きます。
僧達はそこで文化を知り,日本に伝えます。
酒造りもその一つ。
金剛寺では酒の作り方を秘法として,外部に伝えませんでした。
時代はやがて戦国時代の世,織田信長の治世。
信長は,比叡山や一向宗を焼き討ちにするなど,脅威となりました。
寺を守るため,金剛寺は酒を信長に寄進します。
そのせいか,寺は信長の攻勢から免れました。
秀吉の治世になっても同じ。
秀吉も天野酒を好み,保護をしました。
諸大名は秀吉に気に入られるため,天野酒を寄進しました。
しかし,家康の時代になると状況が一変。
秀吉の治世を否定する家康は,天野酒に対して圧迫します。
そうして天野酒が没落しました。
昭和46年。
金剛寺に残る天野酒の資料から,製造を再現しました。
「僧坊酒」秀吉の愛した酒として復活しました。
米で作りながら,甘い酒。
スタジオで絶賛でした。
放送を見て飲みたくなりましたが,
テレビ放映の影響でなかなか購入できなくなったそうです。