「暁の寺」を読みながら,映画の開場を待っていた。
そして,本編が始まるとしばらくすると「天人五衰」の本が…
豊饒の海四部作を読んでいるときのこの偶然にびっくりした。

人間のすべての欲に勝るのは性欲である。
なのに,「その性に満足できなかったら…」
事故のために性的な納涼機がなくなった正巳,31歳年上の旦那に愛してもらえない亜佐緒。
正巳と出会いながらも正巳に抱かれることができず,不倫相手に欲望を満足してもらおうとする類子。

欲望に満足することなく混沌とする中で幼なじみの3人が結束を高める。

亜佐緒は旦那が秘書夫人に手を出し,妊娠したことを知り彼女と一緒に車に乗り事故死する。
事故死というより彼女を巻き込んだ自殺であろう。
性欲という欲望を否定された事実,彼女の存在が一人の女として許されなかったのだろう。

また類子は知らず知らずの間に正巳へ関心を持ち結ばれたいと思う。
性的能力がなく身体的ではなく精神的に満足をしようとする正巳にとっても,
類子と結ばれたいと思う。
「君となら奇跡が起こる気がするんだ」
そんな言葉がその象徴である。
ハッピーエンドの作品ならここで奇跡が起こるのかもしれないが,
この作品はそういうたぐいではない。

気分転換に行った沖縄で正巳は突然沖合に泳ぎ出す。
やがて正巳は笑顔で海の中に潜り死んでいく。

「豊饒の海」がこの作品の鑑になっているとすると,正巳は精神的に愛している類子よりも
兼ねてから性的な興味の対象である亜佐緒への欲望の方が高まったのではないか。
亜佐緒は死んでしまったので,来世で結ばれることを信じ,またそれを楽しみにして
亡くなっていた。だからこそ笑顔なのだと素人の推論だがそう感じた。

残された類子は12年後,ふとしたことから亜佐緒の亭主と再会する。
彼女は「天人五衰」の最後の場面を読み出す。
そこには正巳が栞としてはさんだ楓があり,机には正巳の姿が写っている写真が置いてある。
思い出に浸り類子は思わず泣いてしまう。
この後,彼女はどのような行動をとるのだろう。
結局主人との関係だけで満足できないのではと想像してしまった。

高岡早紀は期待されていたほど過激な役は何もなかった。
しかし,類子を演じた板谷由夏がよかった。
清楚な雰囲気が昼の顔である図書館司書をぴったりと演じ,
職場を離れたときの体当たりの演技は,彼女ではないとできなかっただろう。