『リトル・ダンサー』
'00/英 監督:スティーブン・ダルドリー 脚本:リー・ホール 出演:ジェイミー・ベル ジュリー・ウォルターズ ゲイリー・ルイス ジェイミー・ドラヴェン ジーン・ヘイウッド
イングランド北部。第二次サッチャー政権による炭鉱閉鎖をめぐるストライキで男たちが神経を尖らせ、利害関係で町の人間関係もぎくしゃくしていた不穏な年―1984年。
酒とストライキに明け暮れる父や兄と暮らすビリーは、死んでしまった母親の代わりに家事をしたり、最近ボケ気味のおばあちゃんの面倒をみたりしながら学校に通っていた。
日曜にはボクシングを習っているが、試合には負けっ放しだしどうも向いてない。それよりなんだか、隣のスペースでやっているバレエが気になって・・・
ある日曜日、ついにビリーはボクシングではなくバレエのレッスンを始める。もちろん、父親には内緒。
水を得た魚のようにめきめき上達する彼に、講師のミセス・ウィルキンソンは提案する。
「ロイヤル・バレエスクールの試験を受けてみない?」
男がバレエ?とんでもない!そんな風潮の炭鉱町で自分のほんとうにやりたいことを見つけ、レッスンの間だけでなく日常が踊りで満ちているビリーを観ているとこちらも軽やかな気分になれてとても楽しい。踊る身体はそれだけで雄弁で美しいのだから。
『エトワール』で観たパリ・オペラ座のバレエ・ダンサーたち、『茶の味』で観た森山開次、そしてこの映画の少年ビリーと、さらに成人したビリーとして最後に出演するアダム・クーパー。皆激情も哀願も、虚無も逡巡も、細かなあるいは大胆な軌跡で余さずこちらにぶつけてくる。
オーディションでビリー・エリオットに選ばれたジェイミー・ベルの踊りは、赤い靴を履いてしまった少女のよう。考えるより先に身体が動く、驚異的なステップが次から次へ繰り出される。特に中盤のウィルキンソンとのダンスでは、なにか未知のものを観たような気にさえなってしまう。こんなふうに身体って動くものだったの!?というように。
マドンナの曲「VOGUE」のなかに「Fred Astaire,dance on air」という歌詞があったけれど、少年ビリーは意思を持った空気と一緒に踊っているという感じで、彼の身体だけでなく彼の周りの視えない何かも同じようにとんだりはねたりしているような錯覚に陥るのだ。
踊ることが人に何を伝えるか、今彼方へ向けてのばしたその腕が何を示すのか頭で厳密にはまだ知らなくても、身体のほうではとうに知っている、そのことのすさまじさ。
演出も抑制が利いていて、炭鉱労働者の苦悩という扱い始めればどこまでも重くなるサブテーマもほどほどのいい踏み込み具合。
マセた近所の女の子、女装癖の美貌の親友、労働者のガンコ親父にダメな兄…、描かれる人物はそれなりにありがちだけど、嫌な印象がないのはやりすぎも不足もない実直さがあるから。
コミカルな部分はまだはじけきれてなかったり劇的な瞬間を劇的に出来なかった(「敢えて」という抑制ではなく)弱さは残るものの、箇所箇所に流れるT.REXが懐かしかったり、とても気持ちよく楽しめる映画です。
イングランド北部。第二次サッチャー政権による炭鉱閉鎖をめぐるストライキで男たちが神経を尖らせ、利害関係で町の人間関係もぎくしゃくしていた不穏な年―1984年。
酒とストライキに明け暮れる父や兄と暮らすビリーは、死んでしまった母親の代わりに家事をしたり、最近ボケ気味のおばあちゃんの面倒をみたりしながら学校に通っていた。
日曜にはボクシングを習っているが、試合には負けっ放しだしどうも向いてない。それよりなんだか、隣のスペースでやっているバレエが気になって・・・
ある日曜日、ついにビリーはボクシングではなくバレエのレッスンを始める。もちろん、父親には内緒。
水を得た魚のようにめきめき上達する彼に、講師のミセス・ウィルキンソンは提案する。
「ロイヤル・バレエスクールの試験を受けてみない?」
男がバレエ?とんでもない!そんな風潮の炭鉱町で自分のほんとうにやりたいことを見つけ、レッスンの間だけでなく日常が踊りで満ちているビリーを観ているとこちらも軽やかな気分になれてとても楽しい。踊る身体はそれだけで雄弁で美しいのだから。
『エトワール』で観たパリ・オペラ座のバレエ・ダンサーたち、『茶の味』で観た森山開次、そしてこの映画の少年ビリーと、さらに成人したビリーとして最後に出演するアダム・クーパー。皆激情も哀願も、虚無も逡巡も、細かなあるいは大胆な軌跡で余さずこちらにぶつけてくる。
オーディションでビリー・エリオットに選ばれたジェイミー・ベルの踊りは、赤い靴を履いてしまった少女のよう。考えるより先に身体が動く、驚異的なステップが次から次へ繰り出される。特に中盤のウィルキンソンとのダンスでは、なにか未知のものを観たような気にさえなってしまう。こんなふうに身体って動くものだったの!?というように。
マドンナの曲「VOGUE」のなかに「Fred Astaire,dance on air」という歌詞があったけれど、少年ビリーは意思を持った空気と一緒に踊っているという感じで、彼の身体だけでなく彼の周りの視えない何かも同じようにとんだりはねたりしているような錯覚に陥るのだ。
踊ることが人に何を伝えるか、今彼方へ向けてのばしたその腕が何を示すのか頭で厳密にはまだ知らなくても、身体のほうではとうに知っている、そのことのすさまじさ。
演出も抑制が利いていて、炭鉱労働者の苦悩という扱い始めればどこまでも重くなるサブテーマもほどほどのいい踏み込み具合。
マセた近所の女の子、女装癖の美貌の親友、労働者のガンコ親父にダメな兄…、描かれる人物はそれなりにありがちだけど、嫌な印象がないのはやりすぎも不足もない実直さがあるから。
コミカルな部分はまだはじけきれてなかったり劇的な瞬間を劇的に出来なかった(「敢えて」という抑制ではなく)弱さは残るものの、箇所箇所に流れるT.REXが懐かしかったり、とても気持ちよく楽しめる映画です。