〇あなたの場合、理論との食い違いは、実際のところ、何もありません。反対にまさしく起こるべきことが起こっています。幸運の白い帯がなぜ黒い帯にとってかわったのか、あなたはわからないとおっしゃいます。しかし、お手紙の中であなた自身がそうなった原因について雄弁に語っています。
原因というものは常に同じです。世界は、世界へのあなたの接し方を映し出す鏡である、という事です。鏡と世界との違いは何かというと、普通の鏡は変化をすぐに映し出してくれるのに対し、世界からの反応は時間差を伴い、それは数日であることもあれば、数か月の時もあるのです。
あなたは次のように書いています。「私は気持ちが通じ合う環境の中で穏やかに暮らしていたわけです。こんな暮らしが長く続くはずは無いとさえ私には思われました…最後の学期になると、私はその時間が素晴らしいものであり、二度と戻らないものであることを、ひしひしと感じていました」
どこに理論との食い違いがあると思われますか。ご自分の接し方によって、あなた自身がプログラムをセットされました。一方、世界は寸分たがわずそれを実行したのです。世界は常にあなたの選択したものを申し分なく現実化します。世界はそのとだけに従事しているのです。
鏡に対するご自分のクレームをあなたは次のように書かれています。「私が本当に人生に満足し、それを神に感謝するような状況に一度ならずなったのに、その後、不運な黒い帯へと入り込んだわけです」黒い帯に突入するきっかけとなったのは、いったい何だったのでしょうか。
こんな風に、いったいどこから黒い帯が現れたのか、私が申しあげても、あなたは信じてくれないでしょう。たとえ私が引用したようなキー・フレーズがお手紙の中になかったとしても、黒い帯の発生源を突き止めることは、それほど難しいことではありません。あなたのケースが決して特異なのではありません。なぜなら、私たちは誰でも常に同じ間違いを犯すことがあるからです。
実は、白い帯の後に続く黒い帯は、決して最初から黒い色をしていたわけではありません。帯を黒く塗ってしまうのは、あなた自身なのです。悪いことは良いことからは生まれてきません。本当は、良いことからはもっと良いことが生まれるのです。しかし、あなたはそうは思われないようです。あなたは迫りくる変化を受け入れず、世界にネガティブに接したのです。世界の方としてはそんな接し方を鏡のように反射させ、それよってあなたの選択を現実化せざるを得なかったことになります。
人間の理性の本質とは、常に理性が自分のシナリオを頑固に主張することにあります。シナリオに盛り込まれていないことはすべて失敗とみされます。反対に、想定されてあったことが成功として受け入れられるのです。理性のそうした強情ぶりは、自分自身の思い上がりや社会に広く深く根下ろしている固定観念が発生源となっています。
実際に自分にとって何が良くて何が悪いのか、あなたの理性にはどうやって分かるのでしょうか。理性は物事の展開を本当に予測することが出来寝るのでしょうか。大きな成功は前もってドアをノックしてくれたりすることは決してなく、いつも突如として降ってわくものです。その時のあなたは、なぜそうなるのか、考え込んだりしないでしょう。なぜならば、そんな場合、理性はぽかんとして見とれているので、成功が現実化するのを邪魔することがないのです。
シナリオをコントロールしようとしてぎゅっと掴んでいるものを理性が手放した瞬間に限り、静甲はアリの這い出るスキもない防御線を突破して来ることができます。成功は予定して置くことができないという事では無いでしょうか。さもなければ、今こうして述べているのは何のためなのでしょうか。計画を立て、考えていた通りのものを手にする。そんな風に事が運ぶ例は滅多にないのです。
理性は成功の定石を築くことが出来ません。ときどき、読者の方々から、具体的なケースにおいてどのように振る舞うべきか、という質問をいただきます。しかし、私が知るはずもありませんし、また、個々の具体的なケースで成功の処方箋を知っているぞと請け合うような輩は、だれも信じてはいけません。それは誰も知ることができないようになっているからです。
それでは、どこで答えを見つけ出せばよいのでしょうか。あなたの鏡となっているあなたの世界が知っているのです。事象選択には、想像してみるしかない非常に驚くべき発見があります。それは、あなたに求められることは選択を行うだけであり、あとは世界がそれを現実化してくれるのを邪魔しないでいるというものです。
ここに全ての逆説があるのです。どのようにして成功を勝ち取るべきかという事を人はなからずしも知る必要がない、というものです。より正確に言うと、全く知らない方が良いのです。あなたは、事象選択が成功のための当面の指針をもたらしてくれると思っていたのでしょうか。理性はそのような指針を見つけ出すことができません。大変すばらしいことに、成功の指針はひとりでに見つかるのです。
理性がやるべきこととは、自分でコントロールしようとして事象の流れ、すなわち物事の展開を邪魔してはならないというとなのです。事象の流れは常にあなたが選択した方向へと向いています。まさしくそのために、もし選択が実行されたなら、ためらうことなく意図の調整の法則…私の意図は現実化される、全てはそこへ向かっている、そして、万事うまくいく…を頼りにしてよいのです。
黒い帯に話を戻しましょう。黒い帯がやってくるたびに、なあたは何らかのチャンスを逃しているようにお見受けします。それは白い帯をもっと浮き立たせるためのチャンスでした。しかし、理性は訪れた出来事を受け入れず、否、正確には、訪れた出来事をネガティブなものとして評価し、その結果、ネガフィルムのような状況が容赦なく現れ出てきたわけです。
けれども、そのことでかっくりきてはいけません。もし自分の目的を定め、調整の法則を堅持するのであれば、ある素晴らしい発見があなたを待ち受けていることでしょう。これまでにしでかした全ての間違いは、まさにその目的のためにあったことを、あなたは納得するのです、もし過去に間違いを起こさなかったら、あなたは自分の目的を達成できなかったかもしれません。また、その一方で、もしあなたが過去に間違いを犯さなかったなら、それでも、自分の目的にたどり着いたのかもしれなせん。しかし、それは別の目的であるかもしれないのです。あなたの目的はただ一つだけではないのですから、このように、私たちの世界は不可解かつ偉大で、押しみなく与えてくれるようにできているのです。
そんなわけですから、悲観してはなりません。もし分の目的に向かって進むのならば、過去は未来で待っています。ひょっとすると、今まであなたを魅了してきたのは、他人の目的ばかりだったのでしょうか。
