〇意識してみる夢は、魂の意図を対象とした興味深い実験やトレーニングとして利用することが出来る。ところで、意識下で内なるモノローグを停止した状態を利用することはできるだろうか。実は、一つ抜け道がある。それは、理性のコントロールが緩み、魂の直感的な感覚が意識へどっと流れ込んでくる瞬間に、自然に開いた小さな窓のことである。
 直観は、内なる声とも呼ばれる漠然とした予感として現れる。理性がそれまでやっていたことを中断すると、その瞬間、魂の感覚や情報を簡単に感じられる。あなたは心のさざめき、つまり、言葉のない声、思考の無い想念、響きの無い音を聞いたことになる。あなたには何かがわかっているのだが、それはぼんやりとしている。あれこれ考えずに直感的に感じてみよう。だれでも直観と呼ばれるものを体験した事があるはずである。例えば、今誰かがくる。何かが起こる。何かするよう無意識に駆り立てられる、何かをただ単に知っている。というようなことをあなたは感じたこがあるだろう。
 思考のゲームが進行しているとき、レフリー役は理性の分析官が務める。理性は、すべてが論理的かつ合理的であるようにするため、あらゆるデータを記号の棚のあちらこちらに迅速にしまい込む。内なるモノローグの停止は、レフリーがホイッスルを取り上げられて、ベンチに座らせられることである。理性は見ているが、ゲームをコントロールする事はもう出来ない。
 理性はデータを自分の都合のいいように扱いながら、短時間の休憩をとる。理性には、瞬間だけ丁度ベンチに腰を下ろして休むような時がある。その時直観的な情報のための小窓が開く。そのようなとき、あなたは一番自然な形で眠っている。あなたには信じられないかもしれないが、これは本当にそうである。どんな人でも、一日のうちで何度も眠る。小窓は非常に短い間しか開いていないから、そのことに気付かないだけのことである。
 理性はまどろんだ後に目を覚まし、自分のモノローグを続ける。ときどき、小窓から見た印象が直感的情報という形で意識まで届く。しかし、理性は瞬間目にしたものに注意を払わないことの方が多い。なぜなら、理性は自分の思考で忙しいからである。
 夢の中で魂は明確な目的もなく飛び回っている。魂はどこへでも行く。目覚めているときに瞬間的に開いた小窓から、魂の終点は亜空間のセクターに合わせられる。いつもの夢と違い、理性が現在考えている文脈を背景にする。理性の思考の文脈が、魂の視線を亜空間のしかるべきセクターに向けるのである。そこで魂はその時点での思考の中身に関係した情報を目にする。小窓が開くや否や、こうした情報が理性へと流れ込んでくる。もし目が覚めた理性が、魂の印象に注意を払う、つまり自分の夢に一瞬の選考を思い出すならば、理性は直感的情報と呼ばれるもの、つまりどこからともなく降りてきた情報を受け取ることになる。
 通常、直感的な閃きは理性の洞察力の自然発生的な閃光である。一方では、突如として理性に答えが舞い降りてくるとされ、他方では、理性がその答えを自分で見つけるとされている。どこからともなくもたらされるこうした情報の発生源は何なのか。通常の世界観では、理解できない事実に対しては目を閉じて、それが理性の本質なのだというような手を抜いた対応をする。
 事象選択モデル仮すれば、閃きのメカニズムは全く別の本質を持っている。理性は自分の答えを論理的推論によって見つけ出す。いまここに論理の鎖があるとしよう。そこにかけている鎖の輪は今ある論理の鎖からは決して得られず、閃きによって補われる。閃きは亜空間から、魂を介して届けられる。