〇成功をつかむためには自分を変える必要があるなどという人を信じてはいけない。あなたは似たようなことを耳にした覚えがあるのではないだろうか。それはコマが好んで用いる処方箋である。もしあなたに何かうまくいかないことがあると、もっと自分を磨かなくてはならないとコマたちは言うのである。あなたが変わるというとをコマの立場で見るとどういう意味になるのだろう。それは、あなたが自分自身から顔を背けコマの方に注目して、彼らの要求を満足させ、彼らの利益のために行動するようになるという意味である。「私のようにやってごらん」という彼らの手管にはまることに他ならない。自分を変えるとは、自分と戦うという事である。これでは、魂とと理性の一致などありえない。あなたは自分を受け入れず、自分を愛する事もなく、自分と戦うばかりなのだから、魂は偽り、目的は受け入れない。魂には自分の好みや望みがある。あなたが偽りの目的を追いかけているうちは、とんどなにも達成できない。もし達成できたとしても、それがあなたに必要のないものだと思い知ることになるだけである。
事象選択はコマとは何のかかわりも持っていないので、全く正反対の方法を提案している。自分を変えるのではなく、自分を受け入れるのである。コマが押し付ける見せかけだけのものとの関係を断ち、理性を魂に向けるのである。魂の願いに耳を傾け、意識して重要性を放り捨て、所有することを自分に認めてあげよう。そうすればあなたは、魂が求めるものすべてを受け取るとが出来るだろう。
魂と理性が一致するためには、魂の快・不快に頻繁に注意を払う必要がある。もし現時点で不安に思ったり心に重くのしかかるものがなく、心地よく穏やかな気分であるならば、あなたは魂が快適であると感じている事になる。魂が不快である場合は、逆の信号を送ってくる。あなたには漠然とした不安があり、何かに悩まされ、何かを心配し、心に圧迫感や重苦しいものを感じている。ところで、もしこうした感覚が漠然とではなくハッキリと表れていて、自分でその発生源を自覚しているならば、それは理性の不快である。通常、理性は、何が自分を怯えた背たり、心配させたり、苦しめたりしているか、知っているはず。このような場合、あなたは理性に頼ることが出来る。理性はあなたに解決方法を教えてくれるだろう。
魂の不快という問題はもっと厄介である。なぜなら、それは漠然とした胸騒ぎというように、ハッキリとは現れないからである。すべて素晴らしい、すべて順調だ、心配する理由がない、と理性は請け合う。理性の論拠を聞いているにもかかわらず、それでもあなたには心に何か引っかかるものが残る。これこそ心のさざめきである。魂の声を聴くことはそんなに難しい事ではない。魂の声に注意を払うようにすれば良いだけのことである。論理的な考察が伴い理性の声は非常に大きく響くため、人は不明瞭で漠然とした予感に意味を感じ取ることが出来ない。理性は自分の物事の論理分析や予想にすっかり気を奪われていて、魂の感覚に注意を払ってみようという気になれない。
明け方の心のさざめきを聞くようにするためには、魂の快・不快に注意を払う習慣をつける以外に方法はない。あなたが何らかの決断を下す時は、その都度、まず理性の声を聞き、その後で魂の感覚を訪ねよう。理性が決断を下すと、すぐに魂はその決断に対して肯定か否定かのどちらかで反応する。魂が否定的な反応をする場合、あなたは魂の不快という漠然とした感情を味わう。
もしあなたが魂の快・不快に注意を払う機会を逸してしまったならば、その時どのような感じがしたか後で思い出してみよう。決断を下した瞬間に訪れた何かをあなたは感じたはずである。その瞬間、理性は分析作業に忙しく、感覚を味わうどころではない。最初に瞬間的に訪れた感覚がどんなものであったか、今思い出してみよう。理性が背後で楽観的な見解を披露しているにもかかわらず重苦しい感じがしたのであれば、それは魂がはっきり「いいえ」といったことを意味する。
