〇夢の中で攻撃を仕掛けられたら、あなたは何をすることが出来るだろうか。意思の意図の事象には四つある。逃走する、戦う、目を覚ます、または意識する、である。夢の中で攻撃に抵抗するか撤退するのは、意思の意図の幼稚な反応である。もしあなたが攻撃を受け、それを撃退し抵抗するのであれば、現実の生活でも、おなじみの間みモデルに従って、すべては大体そのように起こる。つまり、これはおなじみのモデルに従っているわけである。あなたの意識には、戦いが起こらなくてはならないというシナリオが定着している。例えば、もしあなたが負けることに慣れてしまっていたら、あなたは負けてしまう。あなたの夢は、そのシナリオに応じて、亜空間を移動することになる。
 夢の中のあなたは、現実の生活で習慣となっている同じ行動をとる。夢の中ではすべてが可能だから、魂の意図を利用するのは極めて効果的である。あなたは穏やかな気持ちで敵の方を向き、意思を軽く働かせ、敵が自壊するか、またはカエルにでも変身することをイメージする。この際、あなたは敵を変えるに変身させようとしてはならない。外の世界に影響を与えようとする気も道は意思の意図の働きである。あなたは敵が変身することをイメージする。言い換えると、そのような事象を容認するのである。意思の意図は、それをイメージし、そのようなシナリオを容認することだけに向けられる。もし理性がそのような事が展開する事象を完全に容認すれば、魂も反対することはないだろう。魂と理性の一致は魂の意図を生み出し、魂の意図は選択されたシナリオを現実化させるのである。
 すでに述べたように、魂の意図は意思の力による結果として発生するのではなく、魂と理性が一致した結果として発生する。意思の意図は、この一致を達成するためだけに向けられなければならない。この意味では、魂の意図は意図によって生み出されるのではなく、まるで意思から独立しているように作用する。しかし、魂の意図が現れるためには、シナリオがコントロール可能であることを認識する必要がある。魂の意図を自分のために働くようにするには、この認識が必須条件なのである。
 意識して夢を見ることが出来ないうちは、夢はコントロールできず、「偶然起こるもの」である。夢の中でも目覚めているときでも、人による行為のほとんどは結構無意識的なものである。私たちの出来事への対応の仕方は、往々にして意識を欠いたものとなっている。その理由は、状況が外的要因によって制約され決定されるものであり、それら外的要因に対してあなたが大きな影響を与える力や可能性を持っていないと考えているからである。もしあなたがこのような考え方を持ち続ける限り、あなた以外の人々があなたの人生に影響をもたらす。あるいは、あなたの運命は予期せず急転する。その意味においては、現実も「偶然起こるもの」となる。この場合、ゲームの決まりを定めるのはあなたでなく、外の世界である。