〇これまで見てきたように、理性は常に人為的に作り上げた重要性の影響下にあるため、効果的な決定が下せない。実際は、内的重要性や外的重要性の問題の主な発生源である。平衡力の作用は、流れの途中において、早瀬や渦巻のような形で現れる。もし重要性を与えることを辞めにしたら、流れはもっと穏やかな水路に変わるだろう。その流れに身を任せるべきかという問題は、やはり重要性の問題である。外的重要性は、単純な問題をややこしく解決するよう理性に強いる。内的重要性は、理性が常識的に思考していて、それが唯一確かな決定を下せるのだという事を、理性自信に信じ込ませてしまう。
 もし重要性を放り出したら、理性はほっと一息つくことだろう。なぜなら、コマの影響やわざわざ作られた問題による抑圧からも解放されるためである。これで理性は、より客観的で適切な決定を下せるようになる。しかし、もっと素晴らしい事は、重要性から解放された理性が、強力な知性を必要としなくなる事にある。もちろん日常の課題を処理するには、論理的思考も知識も分析能力も必要である。しかし、こうしたことすべてに要するエネルギーは大幅な削減される。すると事象の流れは、それまでそれをほとんど利用していなかった理性にとって、豪華な贈り物となる。
 事象の流れには全ての問題の解決方法が含まれている。それに、問題の大半は理性自信によってわざわざ作られたものである。落ち着きのない理性は、いつもコマからの振動を感じ、状況を掌握しようとしながら、すべての問題の解決に取り掛かる。理性の意思決定は、ほとんどの場合、水面を意味もなく両手でひっぱたくというものである。もし事象の流れを妨げなければ、ほとんどすべての問題、とりわけ小さな問題は、ひとりでに解決されてしまう。
 解決方法が亜空間に既に存在しているのであれば、強力な知性は用がない。もし厄介で込み入ったことに首を突っ込むわけでもなく、事象の流れを邪魔するのでもなければ、解決方法は自然にやってくる。それも、最も適切なものが来るのである。最適性は情報フィールドの構造の中にすでに備わっている。実は、因果関係が事象の流れの中に個々の小さな流れ、すなわち小流、というものを生み出している。この小流は物事が原因から結果へと流れるときの最適な道である。亜空間には全てが存在するが、高い確率で現実化されるのは、まさにこの最も適切であり最小限のエネルギー消費で済む事象である。自然はエネルギーを浪費しない。人は足で歩くのであって、耳では歩かない。あらゆるプロセスが最小のエネルギー消費で行われるようになっている。そのため、事象の小流も最小限の抵抗で済むやり方で実行される。まさにこの小流にこそ最適な解決方法が存在している。コマにとりつかれた理性は、コマの利益のために行動するようになるため、いつも小流から外れる。言い換えると、理性は厄介なものに首を突っ込む、すなわち単純な問題の複雑な解決方法を探ししているという事になる。
 こうした考察の全てが抽象的すぎると思われるかもしれない。しかし、小流の存在がどれほど現実的なものであるか、あなた自身が実践することで納得することが出来る。小流の存在は、理性にとって本当に豪華な贈り物である。どの問題の中にもその解決方法への鍵が暗号化されて入っている。一番最初の鍵は、最小限の抵抗で道を進むというもの。ふつう、人々は複雑な解決方法を模索する。なぜなら、問題を障害として受け取るからである。障害は、力をふり絞って克服すべきものと相場が決まっている。だから問題解決に際しては、たまたま近くにあったもっとも単純な事象を選ぶ習慣を訓練して身につける必要がある。
 私たちはみな、何か新しいものを学ぶか、または既に知っているおなじみの事を行うか、どちらかを行わなければならない。ここで問題。両方を最も効果的に行うにはどうするべきか。答えは単純すぎて、その有効性が信じがたいくらいである。流れに沿って進むという原則に従って、最も簡単で単純な方法ですべてが行われようにする。というものである。
 あらゆる行動の最適な事象が小流となっている。こうした小流は、最適な因果関係の鎖から構成されている。あなたの行動において、次の一歩を踏み出す決断を下す時に、あなたは次の鎖の輪を選択する。小流の一部を形成しそうな輪はどれなのかを決めればいい。このような場合に、人は何をするかというと、常識と日常経験という観点から、最も正しいと思われるものを論理的に決定するというものである。
 理性は意思決定に従う。理性は、全てを予想して説明する能力が時分に備わっていると考える、だが、そうではない。別のやり方があったと後で気づいて、はっとしたりする事が何度あったことか。これはあなた自信が証明できるだろう。注意散漫であったとか、頭の切れが今一つであったかの問題ではない。理性は常に最適な事象を選ぶとは限らない。なぜなら、小流の鎖は理性の論理的思考体系と常に合致しているわけではないからである。
 論理的な結論だけを用いて最適な行動の事象を選択することは、いくら努力してもまれにしかできない。通常、理性はストレス心配事、うつ状態は、そう状態による圧力を受けている。言い換えると、理性は常にコマから振り回されている。そのため、いつも理性はあくまで自分の考えを押し通そうとして、外の世界への正面攻撃を強行する。
 小流の次の鎖を選ぶには、ただコマの渦から解放されて、この小流に素直に従うだけでよい。すなわち、平衡状態を保ち、過剰ポテンシャルを創らない必要がある。過剰ポテンシャルを創らないようにするには、常に重要性のレベルをチェックしなければならない。