〇どんな失敗でも、少なくとも、教訓として役に立ち、あなたをより強く鍛え、経験豊かにしてくれる。あなたの身に起こるどんな現象でも喜ぶこと。そうすればあなたのいる世界は楽園に代わる。これはもちろん普通とはかなり違った行動様式である。だが、目的も普通とは全く違う。自分の望みを実現する魔人になるのだから、ありきたりのやり方で、こうした目的が叶うと思ってはいけない。
とはいうものの、これを実行する事は最初は大変である。望ましくない者に対して、ネガティブに反応する古い習慣がしつこく立ち現れるからである。忌々しい状況に陥ったときには、必ず、コマがあなたをつかみ寄せようとしていることを思い出すよう学習するのである。思い出しさえしたら、すぐに意識して選択できるはず、自分のネガティブな感情をぶちまけてコマにエネルギーを渡すのか、それともコマに何も与えることなく、それによって勝利をもぎ取るのか。二つのうちのどちらかを選ぶのである。
もしあなたがうまく思い出したならば、コマから身をかわすか手なずけるかは、もうそれほど難しいことではない。私たちはいつも無意識のうちにコマのエネルギーを与えている。コマは私たちの感情の意図を引っ張る。私たちの思考を乗っ取る仕掛けを始動させる推進力は、私たちの習慣である。本章を読み終え、思い出すことを課題にしたとしても、再びあなたは望ましくないものにネガティブな反応をしてしまうこともあるだろう。もちろんそのあとで振り返り、「あの時はただ忘れていただけで、つい習慣によって無意識に行動してしまったのだ」と悔しがるかもしれない。しかしそうこうしているうちに、あなたがタイミングよく思い出す時がやってくる。すると、すぐに状況が本当に自分のコントロール下に入ったことを実感するだろう。しばらく後に、あなたはこんな独り言をつぶやいてニンマリするに違いない。「ああ、お前さん、コマか。近頃の私は、やすやすと引っ張られないよ」これであなたはもう操り人形ではない。駒を意識的に受け入れるか遠ざけるかは、あなたの自由なのだ。
もしあなたがこうした手法を粘り強く実践すれば、そのうちに古い習慣が新しい習慣に入れ替わるだろう。しかし、習慣の交代がまだ起こらないうちは、コマは事あるごとにあなたを引き入れようとしてくる。たくさんの腹立たしい事件が、あてつけがましくあなためがけて襲い掛かってくるかもしれない。そこであきらめてはいけない。それらは不快なことであっても、まだ小粒な方である。もしあなたが屈することなく、思い出すことを身に着けたならば、大変に感動的な勝利がもたらされることだろう。それは今にわかる。
幸運の波の振動に合わせるために良く行われている手法の例を一つ考えてみよう。様々な状況の中で、人は時として無意識に幸運の波に合わせようと試みる。例えば、一日の初めに、売り子たちは最初の客に大幅な値引きをしてあげようと待ち構える。売り子たちは、最初の客が非常に大事であることを直感的に感じている。その日初めての商いを行い、実を結ばせることが大切なのである。事象選択の言い方では、商売繁盛のラインの周波数に合わせる、と表現できる。自分の思考をこの周波数にただ単にに集中させるのは難しい、だが、最初の客は現実的な希望と自信を与えてくれる。それによって、周波数のチューニングはひとりでに出来てしまう。売り子は商売繁盛の波に乗り、しかるべきパラメーターを持つ思考エネルギーを放射する。売り子自身が、商品はすぐに売り切れると信じ、客にそのことを言いかけるや否や、売り子のエネルギー放射にたちまち「ひきつけられた」客は、今日は運がいいことを納得したうえで、言われるままに買い物をする。
もう一つ例を挙げると、市場で働く売り子は、時々独特な魔法の儀式を行うことがある。自分の商品を紙幣で軽くこするのである。もちろんこうすること自体、何の力も持ってはいない。だから魔法なのであって、本質的には何でもない。しかし、もし振り子がこの儀式に力があると信じているならば、こうすることは売り子が商売繁盛のラインの周波数に同調するのを手伝ってくれる。周波数のチューニングは無意識に行われる。儀式は説明できない何かによって効いてくるという事を、人間は理性によって上辺だけは認識している。儀式は本当に効果があるのだが、それ自体が効果を生み出すのではなく、劇場の小道具のような働きをする。主役を演じるのは俳優の思考エネルギーの方である。
様々な職業で、様々な状況において、このような「魔法」の儀式が数多く存在する。順調な人生ラインの周波数に同調し、幸運の波に乗ろうとするため、人々は魔法の儀式を信じてうまく取り入れている。その際、人々がどちらを信じるのか、儀式が持つ魔法的な特性の方が、または幸運なラインの周波数に同調する方か、という事は基本的に意味がない。あなた自身、お分かりのように、大切なのは実際の成果だけである。
