〇周囲の環境をコントロールする術を学び、自らの手で運命を切り開こうとするとき、多くの人がぶつかる障害がある。それは、私たちが形ある世界と見えざる世界を行き来する術を、忘れてしまっているということである。例えば、今あなたがいる部屋の真ん中に線が引かれている状態を思い浮かべてみていただきたい。線の右側にあるのが形ある世界で、左側にあるのがすべての物質の源となっている世界である。右側に見える世界、左が目には見えない世界ということになる。
 そして、この線を自由に超えることが出来れば、あなたは創造者の世界に入れることになる。そこで、線の左側にある世界には入れないという思い込みが本当に正しいかどうかよく考えてみてほしい。
 あなたはこれまで、「この世界、そして人間を創造したのは神である」「人間は神と比べて非力な存在である」と教えられてきたのではないだろうか。しかしあなたの内には、必要しているもの、望んでいるものを自らに引き寄せ、あらゆる願望を現実化させる力が宿っているのだ。 
 この力は、正確にはあなたの内にあるというよりも、あなた自身だと考えた方がいい。形ある世界にとらわれている自分を超越して、「見えざる世界」に足を踏み入れる勇気を持とう。肉体的な自分と、精神的な自分とを隔離している一線を踏み越えるのだ、この線を踏み越えることを妨げている心の障害を取り除いたとき、あなたは運命の創造者となり、自分の人生を自分の手で切り開いていけるようになるのである。

 


〇私たちは好むと好まざるとにかかわらず、様々な常識を教え込まれ、無意識の内にその影響を受けて考え、行動している。崇高なる自分に到達するためには、こうした常識から自由になる方法を見つけなければならない。だが、このような努力を自我が黙って見ているはずはない。あなたは限界を持った忍耐と心から、意識を解放する方法を見つけなければならないのだ。
 自我に支配された状態にあるとき、人は自分が孤立した存在だと感じるものだ。この状態から抜け出すには、自分を「忍耐を持った孤立している存在」と考えるのではなく、「人類そのもの」なのだと考えることである。簡単に言えば、自分が他の人々とは直接つながりのない別個の存在で、人との競争に勝って自分が優れていることを示さなければならないと考えているうちは、内なる願いを現実化できないということだ。
 人生を自我に操らせたままでは、自分の人生を切り開いていくことなどできない。そこで、あなたが自我に支配されているときに抱きがちな誤審を次に掲げてみよう。

①私には自分の人生をコントロールする力がない、そのような力は外的なものだ。
②私には自分の人生を切り開いていく力などない、運命がサイコロを投げているのだ。
③前にもやってみたが、うまくいったためしがない。
④「図抜けた能力の持ち主・徳の高い人」だけが自分の手で人生を創造できる。
 
 自分が求めているものや必要としているものを手に入れようと思ったときには、こうした疑念や様々な思いが脳裏を駆け巡ることだろう。こうした思いから自分を解き放つために役に立つのが「自分はかけがえのない存在である」と確信することである。大事なのは自分の考え方を変え、日々の暮らしの中で、常にそうした心の状態を保てるように努めることである。
 かけがえのない、崇高な自分の存在は、読んで納得するというよりもむしろ、あなたが自分自身で、体験的に気づくものだ。自分のもっとも奥深いところにそれがあることを知って、その存在に対する確信をゆるぎないものにしてほしい。
 あなたの内には、より高い次元の自分が存在する。その自分は、目に見える世界と見えざる世界の両方で体験できるのである。この考えを真に受け入れることができれば、自分の生き方が自我によって支配されているという考えを払しょくできるはずである。