磐田のアノ事件から考える組織 | 残留戦線

磐田のアノ事件から考える組織

菊地直哉 大分加入 背番号36

公式発表

磐田-清水の2003年12月27日に行われた、天皇杯準決勝の試合を観戦しました。
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磐田ゴール裏でしたが、菊池氏ね! とゲーフラが清水側で出ていました。
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超清水という団体の掲げたものだったそうですが、清水ジュニアユース出身という経歴を持つ彼を・・・・・・。
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裏切り者として、扱うべく掲げたものだと思います。
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この試合は、スコア(磐田公式HP 試合結果 )を見るだけでも分かります。
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成岡選手の素晴らしいプレーを、見る事が出来ました。
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菊池選手は、それを支えていたとしか記憶にありません。
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当時は、浦和サポーター2年目。
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清水サポーターであった、1993年~2001年。
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一番見たかった、静岡ダービー。
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それを、埼玉スタジアムで観戦出来る事が不思議でした。
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なぜ磐田側の応援であったかと言うと、福西の存在が大きいです。
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当時の磐田の強さを、福西のプレーを確かめるために清水戦を物見見物させて頂きました。
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個人的には、周囲(身内)と一部指導者の評価が高かったのが菊地直哉だと理解しています。
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チーム事情で、ポジションをDFとしてプレーする事が多かった。
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田中誠という御手本がありながら、そんなに際立った守備能力を向上させられなかった。
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これは、本人の意欲や・・・・・・。
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もとい、適性によるところが大きいと感じる。
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MFとしてプレーする事の方が、もっと能力を引き出せたのだろう。
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その意味で、服部を3バックに・・・・・・。
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菊池をボランチで起用する判断も、選手を育てる観点から必要だった様に思い起こされる。
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そんな菊池が、事件を起こしたのは・・・・・・。
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プレーで発散出来ない欲求や、特待生の様なサッカー選手としての生活で・・・・・・。
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身に付けてこなかった、社会常識。
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最低限の理性を持ち合わせていなかったのか、見失っていた。
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恐らく、何等かのストレスを紛らわせようと・・・・・・。
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通常ではありえない、思考回路が出来あがってしまったのだろう。
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恐らく、自分がサッカー選手である自覚が足りなかった事。
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これは、自己の環境を肯定出来なかった事・・・・・・。
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その事に、他ならないと考えるのだ。
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そもそも、磐田にはヤミ金にまで手を出して・・・・・・。
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借金をこさえた、FW清野智秋(wikipediaの記事 )というプレーヤーも同時期に在籍している。
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新人教育が、なされていなかったのではないかと・・・・・・。
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受け取られても、仕方があるまい。
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2002年のファン感謝デーに、エコパまで出向いて・・・・・・。
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選手や、磐田サポーターと触れ合ってきた事があります。
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河村も悩んでいたみたいですが、ベテランと若手が上手くチームで噛み合っていない状況だった様です。
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ベテランに付いていくのが精一杯で、距離が近づく実感が湧かない。
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ゴールの見えないレースをしている様で、孤独感も存在したでしょう。
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磐田から他チームに移籍を求めた選手や、移籍先で活躍する選手が多いのは・・・・・・。
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ベテランに組織された、ある種の完成された環境だったからに他なりません。
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監督や、フロントに・・・・・・。
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そういった選手同士の意思疎通や、チームとしての団結力を生ませる工夫が求められる訳です。
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それが、新人教育もままなっていないとなると・・・・・・。
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人間を育てるクラブでは、無かったという事です。
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山本昌邦氏も、十分なサポートが得られれば・・・・・・。
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また、違った結果をもたらしたのかもしれません。
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やはり、出向といった形で社長が就任する弊害はあるのでしょう。
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浦和も然り、横浜FMも然り。
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親会社の意向と、クラブのヴィジョンが一致するのは難しい事なのです。
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もし、親会社に落ち度があるとするならば・・・・・・。
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教育者が、財界を中心とした企業には不足しているのかもしれません。
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だから、郵政の払い下げみたいな事件も起こる訳です。
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建前と、実情が乖離する財界。
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そんな歪が、個人に及ぼしている影響は計り知れないと感じませんか?