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無意味な世界に意味を求めて

ようこそ腐りきった世界へ

今、ヤン・ソギルという方が書いた、「闇の子供たち」という本を読んでいる。


もちろんフィクションなのだが、実際に起こっている事だ。


あまりにも生々しく書かれている。


動物愛護(私はこの言葉は大嫌いなのだが・・・)に携わる人には、


是非読んでほしい一冊だ。


25年生きてきた中で、まだ人身売買が行われている事は、


なんとなく知って行った。


奴隷制度は無くなり、ひどい人種差別もなくなり、


おかしな性差別も”日本からは消えつつある”(闇に葬られているだけのような気がする)。


しかし、世界中で日本人のような生活をしている人間の方が、数は少ないのではないだろうか。


親に捨てられ、薄汚れた街の片隅で、人知れず死んでいく子供達。


いまだにレイプの絶えない地域もある。


そのせいでエイズは広まり、女性は若くして亡くなり、


生まれた子供もエイズに感染している。


そのような地域では男尊女卑が激しく、食べ物を口にするのはまず大人の男。


女の子供は邪魔もの扱いされ、売り飛ばされることも珍しくはない。


日本でいえば、まだ小学2・3年生の子供が、男の毒がにかかる。



運よく生き延びて、更に幸運な事に学校に通う事ができるようになっても、


月経の為に毎月かならず学校を1週間も休まなければならない。


そのような地域には、日本にはあきれるほど種類の有るあの”使い捨てナプキン”も、余分な布切れも、紙もないのだ。


どうしてこのような貧富の差が生じるのか?


日本にいては、そのような現状は理解できない。


いくらテレビで放送されても、それは一過性のエンターテイメントでしかないのだ。


その事実に涙を流す人の中の、どれだけが行動を起こすだろうか?


どれだけが、どうしたらこの問題を解決できるだろうかと、心を痛めるだろうか?


1%にも満たないかもしれない。


皆、無関心なのだ。


自分や、その家族の命があれば、それで良いというわけだ。



自分のせいで、このような事態が起きている事など、


知る由もない。


その事実を突きつけられた所で、受け入れようとはしないだろう。


自分の生活を変えるより、見て見ぬふりをする方が、ずっと楽なのだ。



そのくせ、世界が変わる事を望んでいる。


誰かがやってくれるのを待っている。


誰に何を期待している?


ウルトラマンのような巨大なスーパーヒーローが、怪獣をやっつけるように、


悪を一掃してくれるのを待っているのか?


何も調べようとせずに、動物愛護者を偽善者扱いする野郎どもばかりさ。


もちろん、動物愛護者の中には、感情的になり、他者を貶す者がいる。


厄介だ。


奴らも、厄介だ。


恨みは恨みを買うだけだ。


そういう奴らは自己満足に陥っている。


現に、犬猫などのペットを守ろうとしている人間の中に、


どれだけベジタリアンやヴィーガンがいる?


ほんの一握りだ。


私は経験上、動物愛護団体が嫌いだ。


あこで働いている奴らのほとんどは、自己満足に終わっている。


一度、水族館設立反対の署名に興味を示さない奴らを見た。


犬や猫だけを救って、何になる?


保護して何になる?


後を絶たない犠牲者に、押しつぶされそうになっている。


しかも犬猫のペットだけだというのに。


それが現状だ。


解決に繋がる活動は、実際団体より個人の方がやっている事もある。


あからさまに良い事してます、なんて訴えていては、


まるで自分は何もしていない、悪者みたいじゃないかと、


そのような問題に無関心な人達は不快感を抱くだけだ。


良い事をしているという悦は自分の中だけに抑え、


この政府、警察、その他もろもろの団体だのなんだの の雁字搦め、


法の抜け穴、物を言う金をなんとかしないとな。


いくら保護したって、無駄なんだよ。


いくら保護している事を訴えたって無駄なんだよ。


自分達が騙され、侵され、健康を害されている事を、


根気強く伝え続けるんだ。


全ての問題が深くかかわり合っている。


どれか一つだけを解決するなんて、できないのさ。