こんばんは~。
なんかブログ更新頑張ってるな、私。
と自画自賛中のYAYOIでございます。
さて、先日のガウディ展ですが
神戸のコチラ↓の美術館で開催されております。
兵庫県立美術館。
JR灘駅から海へ向かってまーっすぐ歩いていくんですが
もう駅から見えてますので、迷子にはならんと思います(笑)
海が近いので、ちょっと風が寒かったけど
ポツポツ歩きながら、なんかデートでぶらぶらしたいと思いました。
街並みっていうよりも、空気感?っていうのかなー。
まぁ、叶わぬ夢ですね…こういうデートしたい…(´・_・`) ションボリ。
そんなガウディ展ですが
なんか色々考えちゃって、やっぱり今日になっても
頭が整理できない…。
私はまず、漫画家・井上雄彦さんのこちらの記事
を読んで
なんかガウディってとても興味深い人だなと思ったのです。
ガウディという人は、自然を敬いながら生きていたということ。
彼の建築はその土地に古くからある物を
とても大切にし、自然の理に逆らわない。
伝統的な技術にしても、素材にしても。
そして人に優しい建築。
展示の中に、ガウディの設計した椅子とか
扉の取っ手などがあって触ったり座ったりできたんですけど
びっくりするほど、体に馴染むんですよ。
椅子もクッションなんか無いのに、座り心地がとてもいいし
取っ手も、不思議な形なのにめっちゃ掴みやすいの。
手に自然とフィットする感じね。
人間が自然体でいられるもの、
自然の形に逆らわないものを作りたかったのかなぁ。
「独創性(originality)とは起源(origin)に戻ることである」
そう言ったガウディは、やはり万物の起源は自然であると
そんな風に思ってたんじゃないでしょうか。
そして晩年は全ての仕事を断って
サグラダ・ファミリアの建築に専念し
着る物も、食事も、最低限のものだけにする生活。
ただ、宗教的な意味合いの禁欲だったのか
サグラダ・ファミリア以外に全く関心がなかったのか
それはガウディ本人にしかわからないみたいです。
私は、後者だと思いたい。
そのサグラダ・ファミリアですが
ガウディは自分が生きている間に完成しないと分かっていながら
建設に全てを注いでいたんですよね。
どんな思いだったんだろうって
色々考えたんですけど
そんなのガウディにしかわかんないけど。
ただ、公式図録の解説などにも書いてあったんですけど
完成しないということは、永遠に創造が続くということ。
つまり、ある意味では「完成=創造の死」なんだと。
物を作る、何かを作り出すというのは
なかなかパワーのいることではありますが
それでも、作り続けている間は創造の可能性は無限なわけで。
(完成したら、いちおうそこで終了ですもんね)
そう思うと、ガウディの創造は
サグラダ・ファミリアで今も続いている。
より良い建築を目指して。
世代を超えても、それを繋げていきたかったのかな。
そんな風に思いました。
それから、もう一つ心に残ったこと。
サグラダ・ファミリア聖堂は、まだ未完成であるにも関わらず
すでに修復が必要な箇所もでてきている建物です。
そこは正に、生と死が共存している場所であり
だからこそ、世界中の人々を魅了して止まないのでは
ないのでしょうか。
(というナビゲーターさんの解説)
ガウディが地下に眠るサグラダ・ファミリア聖堂は
ガウディの死から100年後の2026年、完成予定だそうです。
・・・と、ここまで書いて
和紙の話を書いてなかったことに気づいたΣ(゚д゚;)ガーン
(和紙の話?と思った方は前回の記事の下のほう
をご参照ください)
手漉き和紙って、日本の伝統的な手法でつくられてますよね。
井上雄彦さんは、ガウディにならって水や素材に触れるところから
作品をつくりたいと思ったんだそうです。
なので、世界最大の手漉き和紙を漉く作業にも参加したり。
素材から作品を作るって、あんまり考えたことなかったんですけど
今回、ガウディ×井上雄彦展に行って
自然にもうちょっと触れてみるのも必要かなって思いました。
会場で和紙を買ってきたので
私もなにか創造してみようかと思案中です(笑)
やっぱり自分の思ってることが上手く書けないや。
ブログをサボりすぎて表現力がさらに落ちてる気がしますw
精進いたしますです。はい。
ここまで長々と読んでくださって
どうもありがとうございました。
明日は世界遺産を見に行くんだ~♪
では、また書きまーす。ばばばーい(。・ω・)ノ゙