【身体を解放し、幻想を纏う】拡大するシュルレアリスム展のそぞろ書き
拡大するシュルレアリスム@東京オペラシティーアートギャラリーのつづき、というか番外編です。シュルレアリスムをファッションに取り入れたエルザ・スキャパレッリと同時代に活躍したココ・シャネルについて、展示内容から脱線して掘り下げていたら、めぐりめぐってデュシャンの便器に戻ってきたまでをメモ🚽[data-toc]{background:#ffffffd9;border:1px solid var(--color-border-medium-emphasis,#08121a4d);border-radius:8px;display:flex;flex-direction:column;gap:8px;padding:12px 16px}[data-toc] h2,[data-toc] ol,[data-toc] p{margin:0}[data-toc] .toc-header{align-items:center;display:flex;font-weight:700;gap:12px}:is([data-toc] .toc-header) h2{color:var(--color-text-medium-emphasis,#08121abd);font-size:.875em}[data-toc] .toc-empty-message{color:var(--color-text-low-emphasis,#08121a9c);font-weight:400}:is([data-toc] .toc-empty-message) p{font-size:.75em}[data-toc] ol{list-style:none;padding:0}:is([data-toc] ol) .last.collapse a{border:none}:is([data-toc] ol) a{border-bottom:1px solid var(--color-surface-tertiary,#08121a14);display:block;font-size:.75em;padding:6px 0;-webkit-text-decoration:none;text-decoration:none}[data-toc] .h4,[data-toc] a{color:var(--color-text-medium-emphasis,#08121abd)}[data-toc] .h2{font-weight:700}[data-toc] .h3{font-weight:400;margin-left:8px}[data-toc] .h4{font-weight:400;margin-left:16px}[data-toc] [role=button][aria-expanded]{align-items:center;display:flex;font-size:.75em;font-weight:700;gap:4px;justify-content:center;padding:4px 0;text-align:center;-webkit-text-decoration:none;text-decoration:none}[data-toc] [role=button][aria-expanded=true]:after{mask-image:url("data:image/svg+xml;charset=utf-8,%3Csvg xmlns='http://www.w3.org/2000/svg' width='24' height='24' fill='currentColor' viewBox='0 0 24 24'%3E%3Cpath d='M20.97 14.55c0 .26-.1.51-.29.71a.996.996 0 0 1-1.41 0l-7.29-7.29-7.29 7.29a.996.996 0 1 1-1.41-1.41l7.29-7.29c.78-.78 2.05-.78 2.83 0l7.29 7.29c.19.19.28.44.28.7'/%3E%3C/svg%3E")}[data-toc] [role=button][aria-expanded=false]:after,[data-toc] 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デュシャンが問うたもの、私たちが纏うもの奇想の遊び心と飾らない自立:スキャパレッリとシャネル狂乱の20年代に、あえて飾らないシンプルシックな機能美で、「女性の自立」を体現したシャネル。不穏な30年代に、あえて過剰に装うエキセントリックな美で、服を日常のアートにまで昇華したスキャパレッリ。ふたりは、不況と華やかさが混在する激動の時代に、対極のアプローチでモード界に新風を巻き起こした。香水瓶にもこの違い。スキャパレッリの個性的なボトルの数々。《ズュット》1949 高砂香料工業株式会社 《スリーピング》1938ポーラ美術館装飾をそぎ落としたミニマルなシャネル。※展示外生い立ちも美学も正反対のスキャパレッリの台頭を、シャネルは激しく敵視していたといわれる。しかし、ふたりが時代の変化をいち早く追い風にして、潜在的な需要を先取りしていたのは共通していた。シャネルは、実用的で安価な素材や色を使い、女性服に自由な動きをもたらすなど、物資不足の時代や女性の社会進出にも対応し、身体的・合理的ニーズに応えた。対するスキャパレッリは、暗く不条理な時代に奇抜な遊び心で対抗することで、精神的・心理的なニーズに応えた。シャネルのジャージー生地ドレスジャージー生地は当時、男性用の下着や運動着などに使われるもので、婦人ドレスの素材にするのは常識破りだったが、安価でも着心地がよい素材を用い、仕立ての良さと洗練されたシルエットで独自の高いクオリティを表現。時代の需要とも合致し大流行した。Image via Wikimedia Commonsリトル・ブラック・ドレス華美なドレスが流行していた時代に、修道女か喪服の色であった「黑」を最先端のシックな色へと変えてみせた。直後に起きた世界恐慌により、質素倹約が叫ばれるようになった時代の変化も追い風となった。Image via Wikimedia Commons▼スキャパレッリについては前回『【スキャパレッリとその時代】拡大するシュルレアリスム@東京オペラシティーアートギャラリーの覚書』4月某日、拡大するシュルレアリスム 視覚芸術から広告、ファッション、インテリアへ@東京オペラシティーアートギャラリーに行きました。20世紀最大の芸術運動…ameblo.jpコルセットからの解放:ポワレとシャネルシャネルの革新性は、なかでも女性をコルセットから解放したことでもよく知られる。シャネルが目指したのは、女性の自立と自由のための服。女性が自分で着られて、自ら行動できるための服だった。そして時代は、戦場に出た男性に代わって女性の社会進出が進み、動きやすい服を求めていた。社会の都合にも適合した革新であった。Image via Wikimedia Commonsちなみに、シャネルに先んじて脱コルセットを提唱していたのはポール・ポワレだが、それは彼が好んだ古典主義や東洋趣味を反映させたスタイルであって、シャネルのような女性の身体解放を目指したものではなかった。そのため、ポワレはコルセットを脱がせた代わりに、ホブル・スカート*1という足元を絞る非常に歩きにくいスカートを流行させている。Image via Wikimedia Commons一方、シャネルが目指したのは、文字どおり「自分ひとりで着られる」具体的なものだった。当時の女性のドレスは、コルセットの着用をはじめ、他人の手がなければ着られないもの。つまり一人では生きられない、管理される存在だった当時の女性たちにとって、他者に依存せず着られるシャネルのデザインは、物理的な自立であった。男女平等などの社会的メッセージとしてではなく、ココ自身が自由にありたくて作る服が、結果的に同時代の女性の解放に繋がっていった。「自由と自立」のゆくえ:ディオールとシャネル孤児院育ちからお針子やキャバレー歌手を経て、世界的ブランドを築き上げたココ・シャネルという人は、野心家で時代をいち早く感知し、人生の不遇や時代の問題といった逆境を次々と逆手にとって革新的なデザインにする強い女性という印象を抱かせる。さらにはその原動力が「怒り」であり、曰く「自分が嫌なものを流行遅れにする」というのにも圧倒される。1955頃のシャネル・スーツImage via Wikimedia CommonsWW2後は、戦争による疲弊から、ディオールのニュールックに代表される古き良き時代の「保守的な美」への回帰が起こるが、これにもシャネルは「女性を拘束する時代への逆行」と批判。停止していた活動を再開し、実用的なシャネル・スーツで対抗した(奇しくもスキャパレッリがメゾンを閉鎖し引退するのと同じ年のことだった)。やがてシャネルの機能美は、働く女性が増加する社会ともフィットして復活を遂げ、今に至る。女性の身体が、「鑑賞される客体」ではなく、「自ら行動する主体」として在るために、見せびらかすための服ではなく、女性が自由になるための服を作ることを目指したシャネル。Image via Wikimedia Commonsでも現代では、そんなココの理念とは反して、シャネルというロゴがもはやステータスを誇示する虚飾のシンボルと化してしまっているようにも思う。それもそのはず、まさにそうなるように作られていた。身体の解放から、記号の消費へ:ラガーフェルドのハックココの死後、経営危機に陥っていたシャネルブランドは80年代に劇的な復活を遂げる。その再興の立役者が「モード界の帝王」、カール・ラガーフェルドだった。Image viaWikimedia Commons彼は、それまで控えめにつけられていたCCロゴをあえて巨大化・多用化することで、誰が見ても一目でシャネルだとわかる強力な記号として機能させた。時は80年代、女性の社会進出が加速し、新興富裕層*2が「豊かさの視覚化」を求めていた時代。そうした消費社会の欲望を見透かし、それを最大限に利用して利益を上げるための計算された戦略だった。アイコンの過剰な強調のみならず、ストリート文化やポップアートとの融合、壮大な演出でショーをエンタメ化するなど、彼は次々と新しい試みを打ち出した。そのどれもがココの理念とは真逆の、むしろ華美さでいえば宿敵のスキャパレッリ的にも思えるが、それこそが当時の時代に最適化した変革だった。「ファッションとは前へ進むことであり、思い出に浸ることではない」そう語るラガーフェルドは、過去の遺産を伝統として神聖化するのではなく、大胆に引用し再構築することで、新たに価値を吹き込んだ。それはシャネルの古い価値観にとらわれない精神とも共通する。1983年、ラガーフェルドによるシャネル・スーツImage via Wikimedia Commonsそして何より衝撃だったのは、これまでたどってきたココ・シャネルの伝説的な反逆の人生そのものが、ラガーフェルドによって再編集され、誇張された神話であるということだ(ココ自身も自らを伝説化し時には脚色したそうだが)。もちろん、ココ・シャネルのすごさは史実だが、それを今日のように語り継がれる普遍的な神話に編み直し、強力なビジネスブランドの核に据えたのも彼の戦略なのだった。デュシャンが問うたもの、私たちが纏うものナラティヴを求める消費社会を熟知し、冷徹なまでに自覚的メタ的にハックしてみせたラガーフェルド。この「創業者を神話化し、ロゴ(記号)を売る」というシステムは、現在のブランドビジネスで広く用いられている。情報を食い、物語を消費し、記号を纏い、幻想に生きる私たち。ならば一体、モノの価値とは何なのか。これはまさに、デュシャンが《泉》で世間に問うたことではないか。マルセル・デュシャン《泉》1917ただの便器にサインをして展覧会という場所に置くことで、それは「作品」という意味が与えられ、人々は鑑賞する。芸術の価値が、業界の制度や文脈で決まることを暴いたデュシャン。既存の文脈から、どう再定義するか。「外観」から「概念」の芸術へ、現代美術は幕を開けた。ラガーフェルドは、シャネルの遺産をどう意味づけ、何として存在させるかを組み直すことでブランドを甦らせた。マルセル・デュシャン《瓶乾燥機》1914/1964《折れた腕の前に》1915/1964《罠》1917/1964《帽子掛け》1917/1964「反芸術」を掲げたダダは、それゆえに芸術になってしまう自己矛盾を抱えて短命に終わり、今や高額のアート作品として取引されている。また、ダダを受け継いだシュルレアリスムは、広告やファッションなど社会に浸透しきることで衰退した。シャネルもまた、虚飾に機能美で反逆してみせたが、やがて普及しきるともはや過去のものとなり、復活には巨大なロゴが必要となった。前衛的な挑戦は、成功するほどやがて制度や商業のシステムに飲み込まれてしまうというのは皮肉な矛盾にも思えるが、それでも挑んだ人たちによって私たちは新しい価値観を知り、新しい自由を手に入れたりしてきたし、また新たな変化へ循環するのだろう。共同幻想。なんて面白くてバカバカしく、なんて皮肉で強かなんだろう。人生みたいだ。などなど、門外漢の垂れ流しご無礼しました。私の足りないおつむもどんどん拡大するシュルレアリスム展でしたもいもい拡大するシュルレアリスム 視覚芸術から広告、ファッション、インテリアへ|東京オペラシティ アートギャラリー東京オペラシティ アートギャラリー 拡大するシュルレアリスム 視覚芸術から広告、ファッション、インテリアへ [前期]2026年4月16日[木]─ 5月17日[日][後期]2026年5月19日[火]─ 6月24日[水]*会期中一部作品に展示替えがあります。www.operacity.jp*1: ふと、そういえば映画『タイタニック』の時代ってちょうどその頃だよなと思い(1912)、Vogueの動画を見つけた。4:30から。ヒロインの令嬢ローズが母親にコルセットを締め上げられているシーンは、ローズの心情と環境を表すわかりやすいシーンだったけど、歩きづらいホブルスカートもまたそうしたメタファーとして捉えられそうだ。*2: 80年代、シャネル本拠地のフランスを含む欧州は経済停滞に苦しむ一方、日米ではレーガノミクスやバブル経済によって新興富裕層が台頭。ラガーフェルドの変革は、自らの成功を一目で示せる視覚的シンボルを求めた彼らを掴んだ。過剰なロゴの誇示(ロゴマニア)や、全身をシャネルで埋め尽くすトータルルック(シャネラー現象)などで日米ニューリッチを魅了した。参考:harpersbazaar, highsnobiety,Wikipedia,americanexperience,朝日新聞,lexus,artnews,MissionMagazine,Don't Die Wonderingもっと知りたいシャネルと20世紀モード [ 朝倉三枝 ]