PEUGEOT 206 WRC 2002年WRC参戦記録③
【サンレモ】9月19日~9月22日
1:バーンズ 624 NZT 75 4位・+1分18秒9
2:グロンホルム 814 NVT 75 2位・+20秒9
3:パニッツィ 810 NVT 75 1位・4時間10分15秒6
1:バーンズ 624 NZT 75 4位・+1分18秒9
2:グロンホルム 814 NVT 75 2位・+20秒9
3:パニッツィ 810 NVT 75 1位・4時間10分15秒6
バーンズとグロンホルムに加え、パニッツィをサードノミネートとした。アクティブアンチロールバーは3台すべてに搭載。
パニッツィは痛む肩をかばいながらも、ブガルスキーやグロンホルムといった追撃者を歯牙にもかけずに魔女たちの回廊を駆け抜け、サンレモ3連覇を果たした。SS3にターボ圧が低下し大きくタイムロスしたグロンホルムは、ブレーキのフェードとシフトの不調を抱えるも手堅くまとめてLeg1を3位。続くLeg2~3もターマックにおけるパフォーマンスの高さを示し2位を得た。Leg1最終となるSS8で深い霧に悩まされタイムをロスをしたバーンズは、Leg2・SS10における泥が乗った3速コーナーでブレーキングが遅れコースオフ、ステアリングトラブルを抱えて失速した。更にタイヤ選択の誤り(SS13~14において、プジョー陣営はウエット路面を見込んでソフトコンパウンドに大きくカットを施したタイヤ-パニッツィは更に縦に2本大胆なグルーブを施したタイヤ-を選択。しかし、予想以上に路面は乾いており、大幅なタイムロスを喫する)から、Leg2最終ステージでソルベルグに3位のポジションを奪われてしまう。最終日にはこのラリー初のベストタイムを刻むも、その差を詰め切れず4位のままでラリーを終えた。尚、ボジアンレーシングからのエントリーとなったロバンペラ(25:943 NVB 75)は9位。
パニッツィは痛む肩をかばいながらも、ブガルスキーやグロンホルムといった追撃者を歯牙にもかけずに魔女たちの回廊を駆け抜け、サンレモ3連覇を果たした。SS3にターボ圧が低下し大きくタイムロスしたグロンホルムは、ブレーキのフェードとシフトの不調を抱えるも手堅くまとめてLeg1を3位。続くLeg2~3もターマックにおけるパフォーマンスの高さを示し2位を得た。Leg1最終となるSS8で深い霧に悩まされタイムをロスをしたバーンズは、Leg2・SS10における泥が乗った3速コーナーでブレーキングが遅れコースオフ、ステアリングトラブルを抱えて失速した。更にタイヤ選択の誤り(SS13~14において、プジョー陣営はウエット路面を見込んでソフトコンパウンドに大きくカットを施したタイヤ-パニッツィは更に縦に2本大胆なグルーブを施したタイヤ-を選択。しかし、予想以上に路面は乾いており、大幅なタイムロスを喫する)から、Leg2最終ステージでソルベルグに3位のポジションを奪われてしまう。最終日にはこのラリー初のベストタイムを刻むも、その差を詰め切れず4位のままでラリーを終えた。尚、ボジアンレーシングからのエントリーとなったロバンペラ(25:943 NVB 75)は9位。




【ニュージーランド】10月3日~10月6日
1:バーンズ 330 NQZ 75 SS15 リタイア(Off road)
2:グロンホルム 334 NQZ 75 1位・3時間58分45秒4
3:ロバンペラ 344 NQZ 75 2位・+3分47秒6
1:バーンズ 330 NQZ 75 SS15 リタイア(Off road)
2:グロンホルム 334 NQZ 75 1位・3時間58分45秒4
3:ロバンペラ 344 NQZ 75 2位・+3分47秒6
バーンズとグロンホルムに加え、ロバンペラをサードノミネートとした。パニッツィが乗る4台目のワークスカー(23:327 NQZ 75-7位)は、テストカーを実戦用にプリペアしたもの。ロバンペラがアクティブアンチロールバーをLeg2終了時まで使用した。
先頭ランナーのハンデと油圧系統からのオイル漏れおよび油圧低下によるデフ不調(共にSS2)でタイムロス(油圧のトラブルはSS走行後にグロンホルム自ら応急処置-スロットルやギヤボックスには影響を及ぼさず)したグロンホルムは、更にSS5でもクラッチが滑り始めるトラブル(スタートモードからセーフモードにエンジンのプログラミングを変えることで対処)に見舞われ、Leg1を3位(首位バーンズとは37秒8差)とした。続くLeg2では一歩も譲らぬ均衡したハイスピードバトルをバーンズと繰り広げるが差を縮められず、「今回は2位で充分」とニュージーランドの地における「2002年王者の戴冠」を諦めかけた。しかしライバルの自滅でその立場が急転したことにより、2度目のWRC頂点の座に立つことが実現した。プジョーでの初勝利を渇望するバーンズは、SS1より4連続ベストタイムを記録し順調な滑り出しを見せた。翌日のLeg2でも鬼気迫る走りでベストタイムを4回(2番時計は2回)刻み、マージンを44秒3とした。これで安全圏に逃げ切ったと思われた刹那、SS15で全てを無に帰す壮絶な転倒劇(フィニッシュ近くにある連続するS字コーナーの土手に当たったマシンは、フェンスを乗り越え灌木の中に消えていった)がバーンズに群青の空を仰がせた。ふたりのエースの超高速バトルに遅れながらも常に上位につけていたロバンペラは、Leg3終盤に油圧系統のトラブルからパワーアシストが効かなくなり、残り3ステージをステアリングと格闘することになった。更にデフのロックも甘くなったが、フラつくマシンを捩じ伏せて2位のポディウムを得た。プジョー三の矢を担う男は、薄氷を踏む思いでタイトル制覇に華を添えた。



【オーストラリア】10月31日~11月3日
1:バーンズ 952 NVB 75 SS7 リタイア
2:グロンホルム 286 NNN 75 1位・3時間35分56秒5
3:ロバンペラ 938 NVB 75 2位・+57秒3
1:バーンズ 952 NVB 75 SS7 リタイア
2:グロンホルム 286 NNN 75 1位・3時間35分56秒5
3:ロバンペラ 938 NVB 75 2位・+57秒3
バーンズとグロンホルムに加え、ロバンペラをサードノミネートとした。テストカーをバーンズが大破させたため、パニッツィは不出場となった。ロバンペラは新形態のアクセル・ブレーキ・クラッチペダルを使用。(Leg2以降は旧型に戻した)
SS1終了直後から夜通し降り続いた雨で先頭走者の担うハンデが帳消しとなったグロンホルムは、6連続ベストタイム(SS3~8)を刻みLeg1を圧倒。続くLeg2~3では、後続との差をコントロールしながらボールベアリングロードを王者の走りで駆け抜けた。ナロータイヤを選んでラリーをスタートさせたロバンペラであったが、Leg1を不本意な4位で終えた。しかし事前テストから試していた新しいペダルボックスを以前の仕様に戻したことで、ソルベルグやサインツを上回る速さ(2度の3連続ベスト・SS11~13&SS21~23)を取り戻し、先行するグロンホルムに迫った。最後は格の違いを見せつけられ2位となったが、シーズン最高の走りでグラベル要員としての役割を果たした。この結果からプジョーチームはフィンランドから5戦連続、シーズン9回目のフルポイント獲得となった。レッキ時の事故で負った傷が癒えぬコ・ドライバーをかばいながらも2番手につけたバーンズであったが、深い森を抜けるSS7においてスタートからクラッチが滑り始めるトラブルに見舞われた。その後、騙しだましながら206WRCを走らせたがゴールを待たずして全ての駆動力を失い戦列を去った。



【グレートブリテン】11月14日~11月17日
1:バーンズ 950 NVB 75 SS16 リタイア
2:グロンホルム 945 NVB 75SS10 リタイア
3:ロバンペラ 943 NVB 75 7位・+5分5秒8
1:バーンズ 950 NVB 75 SS16 リタイア
2:グロンホルム 945 NVB 75SS10 リタイア
3:ロバンペラ 943 NVB 75 7位・+5分5秒8
バーンズとグロンホルムに加え、ロバンペラをサードノミネートとした。ロバンペラのマシンに試験的パーツを装着。(2003年シーズンに向けた開発作業)
グロンホルムはSS2から4連続でベストタイムを記録し、Leg1にして50秒近いリードを築く。しかしLeg2のSS10で206WRCのアキレス腱とされる油圧系統のトラブルが発生したため、ギヤシフトを本来のステアリングパドルではなくフロアのレバーに切り換えての走行を強いられた。この不測の事態に集中力を欠いてしまったのか、ステージ中盤のターマック区間(1.6km程の距離)にある通称ディクシーズ・コーナーでコースオフし、大転倒。今季2度目のリタイアを喫してしまい、10年前にオリオールが樹立した年間最多勝記録(6勝)に並ぶことが叶わなかった。2002年の初勝利をもぎ取ることを胸に刻んでスタートしたバーンズであったが、SS3でコースオフしてエクゾーストパイプにダメージを負って致命的な1分40秒を失った。その後は限界アタックを掛け続けてソルベルグとマルティンに迫った(12位から3位まで順位を挽回)が、ハードに攻めすぎて無情のコースオフ(SS16)となりラリーを去った。ロバンペラはサスペンションのジオメトリーに新しい試みを施してラリーに臨むも、ターボや油圧系などにメカニカルトラブルが頻発(Leg2では、サービス無しで4つのステージを走らなければならない時にリヤのホイールベアリングが破損)して、そのパフォーマンスを発揮できなかった。またSS5では、ハンドブレーキのトラブルからジャンプスタート(外れそうになった小部品の落下を防ごうとしているうちにマシンが動いた)となりペナルティを受けるなど、発生するトラブルがタイムに響くことが多かった。尚、ボジアンレーシングからエントリーしたパニッツィ(23:206 NAP 75)は11位。プジョーは最終戦にして鉄壁のフォーメーションが崩れ、1987年にランチア(Delta HF 4WD)が作ったマニュファクチュアラーズ選手権シーズン最多勝記録9勝には届かなかった。
グロンホルムはSS2から4連続でベストタイムを記録し、Leg1にして50秒近いリードを築く。しかしLeg2のSS10で206WRCのアキレス腱とされる油圧系統のトラブルが発生したため、ギヤシフトを本来のステアリングパドルではなくフロアのレバーに切り換えての走行を強いられた。この不測の事態に集中力を欠いてしまったのか、ステージ中盤のターマック区間(1.6km程の距離)にある通称ディクシーズ・コーナーでコースオフし、大転倒。今季2度目のリタイアを喫してしまい、10年前にオリオールが樹立した年間最多勝記録(6勝)に並ぶことが叶わなかった。2002年の初勝利をもぎ取ることを胸に刻んでスタートしたバーンズであったが、SS3でコースオフしてエクゾーストパイプにダメージを負って致命的な1分40秒を失った。その後は限界アタックを掛け続けてソルベルグとマルティンに迫った(12位から3位まで順位を挽回)が、ハードに攻めすぎて無情のコースオフ(SS16)となりラリーを去った。ロバンペラはサスペンションのジオメトリーに新しい試みを施してラリーに臨むも、ターボや油圧系などにメカニカルトラブルが頻発(Leg2では、サービス無しで4つのステージを走らなければならない時にリヤのホイールベアリングが破損)して、そのパフォーマンスを発揮できなかった。またSS5では、ハンドブレーキのトラブルからジャンプスタート(外れそうになった小部品の落下を防ごうとしているうちにマシンが動いた)となりペナルティを受けるなど、発生するトラブルがタイムに響くことが多かった。尚、ボジアンレーシングからエントリーしたパニッツィ(23:206 NAP 75)は11位。プジョーは最終戦にして鉄壁のフォーメーションが崩れ、1987年にランチア(Delta HF 4WD)が作ったマニュファクチュアラーズ選手権シーズン最多勝記録9勝には届かなかった。




11月29日~12月1日にスペイン領グラン・カナリア島で開催されたレース・オブ・チャンピオンズは、最終ヒートでローブを下したグロンホルムが優勝。(2001年のロバンペラに続きプジョー勢の2連覇となった)