ロールシャッハ歴 -5ページ目

ロールシャッハ歴

でかすぎる夢だ。

始まってしまいました2013年。

お元気で過ごされているでしょうか?


どうも何やら、もやもやと、はたまた侘しく

そうして、前年に残した課題を振り返り

悔恨の思いにふける努力もしてみたり

さりとて、特別に対処できたであろう理由等も無く。

何故か、新年を迎える気持ちが

ちらちらと、季節を感じさせる雪のように

降っては消え降っては溶ける。

今年は格別な新年を迎える事に

あろう事か自分自身が一番驚いている次第でございます。

そういった意味では、やはり一年を振り返る

充分な時間を年末年始にかけ

一人持つ事ができたと言えるのでしょう。

そこには、小さな個人ではどうしようも無く進んでいく

大きな大きな区切りらしい事を

感じずには、いれないのです。

さて、

ここ最近。と言いましても

過去一年くらい前からでしょうか。

オレ自身、大きく変化している事に気づきました。

最初はその変化に、不安と恐れを感じ

否定の念が産まれ、本来こう有るべきだとオレが望む

姿に戻ろうと悩み続けて参りました。

しかしながら、その大きな流れに逆らう事は

まるで一人、新年を迎える事を拒否し

12月のカレンダーを居間に飾り。

TVの電源をオフにし、誰とも接触せず。

あげくは、時計まで電池を抜き。

12月31日11:59分で時計を止める。

そのような行為に等しいものだったようです。

その変化ですが。自分の心境、これを端的に申しますと

頭脳、もっと言いますと脳の判断を司る部分でしょうか。

ここに自分でも驚く程の変化が現れたのです。

従来のオレは、あらゆる物事への判断が機敏であり。

目の前に現れる問題に対して

一種のカリスマ的対応を取ることが出来ました。

ようするに武器として、言葉を操る事に長けていたのですね。

そういった意味では戦い慣れていたと言えます。

言葉を武器にする事は、それに応じた罪を自分に課す事にも繋がります。

勿論それだけでは有りませんが、詳しい説明は省きます。

詳しい部分はまたミクロの世界で聞いて頂ければよいと思われます。

その罪の一つに嘘と言う物が有ります。

これは大小を問わずでございます。本質にての嘘で有ります。

大方イメージで浮かぶのは、他者に対する嘘なのでありますが

ここでは、その一歩先。

あらゆる嘘は自分への嘘だと解釈します。

文章での表現は、今更書く事でもないですし

ほとんどの方がお気づきでしょう

だが敢えて触れておきます。

文章では限界があります。

故に誤解も生まれますが

恐れずに申し上げます。

どうやらそこに、オレを変化させる原因が有ったようです。

変化に気づいた当初は

問題に対応できない自分が情けなく

はがゆくもあり、精神に異常をきたしているのでは無いか

そこまで考える事もしばしばでした。

それも今思えば当然の結果なのです。

オレは武器によって、自分がやりたい事の

大半を、思うように好きなように出来ていると感じていたからです。

実際に、仕事やお金や遊び、やりたいようにやってきました。

それが、どうでしょう。

今まで出来た事がおもうように出来なくなり。

自分がやりたい事も我慢しなければならない。

不安と焦燥の中で過ごす一年になりました。

しかしながら、やっと一つの答えに辿りつく事ができたように思います。

オレのやってきた事は、自分の世界

それも目に見えるだけの、とても小さな世界。

そこでは、なんとか武器が通用していただけの事。

限界だったのでしょう。

どれだけ、嫌だとしても時間は進み

そうして、新年を迎えるにあたり。

オレは無くした物ばかりでは無い事に気づきました。

今まで否定し続けてきた異性の友人を持つことや

今を生きる、しかも先の短い人生を生きる人達との出会い。

他にも様々な出合いがあり、昨年は変革の年だったと思えるに到りました。

変わってしまったオレだからこそ受け入れてくれる人もあったはずです。

このような環境の変化の中で、自分に取ってと言う意味で、

全ての人に通じる物では有りませんが。

もう一度何が大切か!!

見つめなおす時が来ました。

ただ一つ変化した自分の中で実感している事があります。

端的な争いでは、まるで役に立たない自分になりましたが

恐ろしく視野が広がっている自分を感じます。

まるで何かをイメージすれば、その通りに事が進んでいく。

それはデジャブのような

やはり文章では限界があります。

ここから先は、自分で経験し体験し、論理的に思考を体系化する作業が必要です。

変わって行く自分は恐ろしいですが、

また楽しみでもあります。

では、今後も変わって行くオレを、

よろしく楽しんで頂ければ幸いです。




追伸

変わらない物など無く。

変わらない人間などいない。

万象全てこれ

自分の意思で有る。

変革を恐れるなかれ。


ロールシャッハ
いくつかの不安定を繰り返せば

行き着く先は二通りになる

その選択を選ぶ前に問わねばなるまい。

感じるか?その選択を

学んだろうか?学ぶ意味を

無難に生きる事はやり尽くしたろう。

だが無難では開けなかった扉が有ったはずだ。

扉は時間と共に重くなる

そうしてその重量は確実に増していく。

その重さは、古代より受け継がれる物で有り

いかに時代を超えようが、軽くなる事など無い。

かつての人々が経験し築こうとした礎を

今確かに自分が経験するのだ。

それは例外無く、ここに存在する意味になる。

もし行き着く二つの選択まで辿り着けたなら

そして辛うじてでも、そう思えたなら

そこから始める事は、新しい息吹の元に産まれ

また形など無かろうとも、偶然に見せかけた脈打つ営みなのだ。

人としての解釈を踏まえる前に、感覚に身を委ねる所に来た証でもある。

それは自然と呼ばれる存在を確認する作業にも近い。

ここからの判断は、まさに薄氷の上を渡る旅人

危険だが進まなければ旅の目的は果たせない。

心頭滅却すれば、火は涼しくなろうとも

凍った氷を溶かす方法とは違うだろう。

判断はしっかりとした土台から生れるべき物で

土台をおろそかに成り立つべくも無い。

薄氷を渡る時、何が必要で

何を立ち上げるのだろうか。
最高のパフォーマンスを発揮するには

純然たる恐怖に打ち勝つ必要が有る。

想像した事が有ろうか

未来へと続く道のりに存在する、その純然たる恐怖を。

感じたことが有ろうか

絶え間なく続くと信じた先に有るものを。

約束された栄光を信じれた事があるか

眩い光に耐えきれず、臥した瞳で。

想像を超えた世界を創造できるだろうか

それは果たして、恐怖から生れる安らぎだろう。

主導権を握るならば

ギリギリの恐怖を自在に操れる心が必要になる。

悪魔が恐怖より這い出た時

神もまた恐怖から蘇るのだろう。

事実を恐怖の布で覆えば、それは嘘になり

嘘を愛で包めば、それは真実である。

長く閉ざされた踏切の音が聞こえる

電車は来ないであろうが

踏切の音は聞こえるのである。

一本のバーをくぐるだけで先に進める。

電車は来ないのだから、くぐればいい

そうすれば先に進めるのだ

だが、くぐろうとすれば必ず電車が来る。

妙な物だ。まるで生きた目が世界を監視するかのようだ。

不都合だと叫んだ風が森を抜ける

ようやく到着したその森は

やはり不都合だと炎が揺れる。

当惑顔の住人を背に

炎へ進む。

森を司る、心無き存在に触れる

触れれば瞬間、風と炎が消える。

どれ程の事があろうか、恐怖の灯

戯言であろうか、未知なる言葉。

山見て還り 川見て馴染む 海見て掬い 空見て揺れる。

そこに恐怖はあろうか

主導権をその手に。