中学生のころ、初めて我が家にきたあなた

わたしのスリッパよりも小さなからだで

フローリングをうまく歩けずひとりツルツル

小さな段差もうまく登れなかったよね


「べにお」

ママの好きな漫画の主人公にちなんで名づけられた素敵な名前

いつも「えっ?オス?」ってきかれるけど、正真正銘の女の子です


リビングのすみがいつものあなたの居場所

寝ているときは大きないびき

でもね

しっぽを振って夢をみている姿はいつみても微笑ましかった


いくつ歳をとっても、どんなに白髪ばかりになっても

お散歩に出るといつも子犬に間違えられていたよね

空港ではママを探す切ない鳴き声がトドに間違えられたこともありました


最後のシャンプー

とっても気持ち良くって

きっとそのままずっと眠っていたくなっちゃったんだよね



星になっても

風になっても

空を見上げればいつでも会える

きっとまた。
ついこの間のこと。

大家さんと今後の賃貸契約について交渉してたときに、つくづくラオ人女性の強さを感じました。


わたしが通訳を介しながら大家さんと議論しているときに横入りしてきた大家さんの奥さん

ラオ人女性にしては珍しく体格もよい

お人よしの大家さんを押しのけ圧倒的な存在感なのです

奥さんは大家さんの斜め背後に陣取り、腕組みしながら怖い形相で随時反論してきます


結局交渉成立せず帰路についたとき、通訳してくれた既婚男性にちょっときいてみる

「ラオスは女性の方が強いんだね…。」

苦笑いしながらもどってきた彼の返事

「うん…。学校でも男女の討論会ではいつも男子が負けてた…。でもね、我が家はちがうよ!」



既婚男性の集まるラオスの飲み会ではいつもこんなやりとりがあるとか

「おまえは`ミア・コン・コイ`か`コイ・コン・ミア`か」

つまりミアコンコイ=自分の妻=主導権は自分

もしくはコイコンミア=妻の自分=主導権は妻

(ミア=妻 コン=~の コイ=自分 / 後ろから修飾)




みなさんはどっち?(笑)

ベトナムと国境を接するラオス

1960年代半ばに始まったベトナム戦争のとき
北から南への補給路「ホーチミンルート」のほとんどはラオス山間部を通っていた
またラオス北部に拠点を置いていた共産主義勢力「パテート・ラオ」とも交戦するようになったアメリカ軍はラオス全土を激しく爆撃

戦争の続いた10年間でラオスに投下された爆弾の量は、実に200万トン以上にのぼる
人口の少ないラオスにとっては、国民1人あたり0.5トンの爆弾が投下された計算だ

この猛撃で主に使用された爆弾はクラスター爆弾だった
クラスター爆弾とは爆弾本体にボール大の子爆弾が数個から数千個仕込まれた爆弾で
空中から投下されると本体が開き子爆弾が広範囲に飛散し爆発するもの

問題は爆発せずに地中に残ってしまった不発弾
ベトナム戦争中に投下された2.5億個ともいわれる子爆弾のうち30%が不発弾になったといわれている
つまり8,000万を超える数の子爆弾が今もなおラオスの地中に残り人々の生活を脅かしているのだ


畑を耕しているとき

暖をとるために庭でたき火をしているとき

子どもが「これ何だろう?」と手にとって遊んでいるとき


そんな普通の生活の中で子爆弾は爆発する

戦争が終わって30年以上たった今でも、毎年市民が犠牲になっているという理不尽な現実


「この現実に向き合って何かをしよう」

それが今日わたしがここにいるわけ