1から読んで下さい。


姉の声を聞きアパートの外階段を降りてきたのは、先に駐車場に入った車の男性。
長男を引き上げようとしてくれたが、海水に浮かぶ油が体に付着してうまく掴みきれない。
その男性が一度二階に上がり、もう一人の男性を連れてきた。
たまたま休みで家にいた人だった。
二人の男性が油まみれの姉と長男をなんとか引き上げてくれた。

周囲を見渡すと…
近くのショッピングセンターは二階まで水没し、屋上の駐車場には多数の買い物客が避難。
屋根だけ見えるいくつかの工場の上にも人が。
歩道橋の上にも人。
車をはじめさまざまな物がオモチャのように流されていく。
聞こえるのはゴーッと流れる水の音と、流される車や物があちこちでぶつかる音だけ。

水かさが増えるのが収まり、助けてくれた人の家に車の男性とともに入れてもらう。
海水と油で濡れた体を拭いて毛布などで暖めさせてくれた。
また、スエットやジャージなども貸してくれたり、温かい飲み物もいただいた。
数時間後、たまたま近くに来た自衛隊のボートで救助され病院に運ばれる。


姉は全身に打撲と擦り傷。
長男には脱水症状も。
姉は数日で退院できたが、長男には付き添いが必要なためずっと病院暮らし。
食事が出る長男と違い、姉は自分で食料を調達しなければならない。
寝る場所は床かソファの上。
約1ヶ月の付き添い生活は肉体的にも精神的にも大変だっただろう。



地震から2週間後に姉と初めて電話で話しをした。
声には変わりがないように思え安心したが、精神的にかなり疲れているのは間違いない。
長男が退院して家に戻り一安心したこれからがその疲れが出てくるのではないかと思う。
体調だけは崩さないよう気をつけて、好きな事も少しずつ再開してストレスをためないようにしなくちゃ…と注意はしておいた。
話しの中で『私達はいくつもの幸運が重なって無事でいられた』『たくさんの人に助けてもらった』と言っていた。
いくつかの一瞬の判断と行動、そしてたくさんの人の援助があってこうしていられると。
気になるのは『10年前ならなんとかなると思えたけど、この年でこれ(地震と津波)はちょっときついかも』と言ってたこと。
今まで姉の弱音を聞いたことがなかっただけに少し心配。



最大余震は数ヶ月後から数年後にあるとも言われてる。
姉は今、それに備えて非常用の持ち出し袋の用意や家具類の耐震対策などを始めている。