そろそろ咲く頃だろうと思い訪れてみると、期待どおり、ホテルの駐車場周辺のアカシアが満開だった。今年の大連では五月中旬から市街地、そして沿岸の山地へと順に咲き始めたが、軽井沢のアカシヤは大連より二、三週間遅れて花を開く。

とりたてて人気が高いわけでもないアカシヤを、ここまで追いかけてしまうのも、大連で生まれ育った者ならではかもしれない(笑)。

さて、初日の夕食は連れの希望でフレンチだった。いつもカトラリーの使い方に戸惑ううえ、洋酒しか置いていないことも多いため、正直あまり気乗りはしなかった。ところが今回は、たった一種類だけではあるが、日本酒も注文できた。

それが、この純米吟醸「みずのかたち」だった。

「ワイン感覚で楽しめる日本酒です。体にすっと溶け込むような優しい飲み口で、水のようなみずみずしささえ感じられます」

そう勧められたとおりの美味しい酒だった。この酒を味わいながらスマホで調べてみると、「みずのかたち」の蔵元は富山県黒部市の皇国晴酒造。仕込み水には名水百選にも選ばれた「岩瀬家の清水」を使用し、米は富山県産の「雄山錦」と「五百万石」、酵母には「金沢酵母」を用いている。まさに北陸の風土が詰まった一本である。

しかも、酒蔵の敷地内から名水百選の名水が湧き出ているのは、全国でもここだけだという。蔵元は代々続く岩瀬家で、専務の岩瀬由香里さんは富山県初の女性杜氏として知られている。「みずのかたち」には、女性杜氏ならではの繊細で上品な味わいが感じられるようだ。

最終泊の夕べは、友人宅で獺祭をご馳走になった。獺祭はもちろん大好きで、贅沢な気分にさせてくれる酒である。しかし、東京に戻ってきた今も心に残っているのは、「みずのかたち」のほうだ。旅先で偶然出会った酒には、時として銘柄以上の記憶が宿るものらしい。

【閑話】
フレンチはあまり人気がなかったのか、十席ほどあるダイニングにいたのは、私たちを含めてわずか三組だった。少し奥にいた一組について、連れが先に「あの方、もしかして……」と気づいた。木材を巧みに用いた独自の作風で知られる、あの著名な建築家だった。

【中文】
估計差不多到了開花的時節,便想前去先睹爲快。果然,飯店停車場周圍的槐樹花已悄然盛開。今年在大連,槐樹花自五月中旬起,先在市區,接著在沿海山地依序盛開;而輕井澤的槐樹花,則比大連晚了兩、三個星期。

並非特別受人喜愛的槐樹花,我卻一路追逐至此,大概也只有在大連出生長大的人,才會如此執著吧(笑)。

閒話休題。第一天晚餐是應同伴的要求選擇了法國料理。我向來不太習慣使用繁複的刀叉,加上許多西餐廳往往只提供洋酒,因此原本興致不高。然而,這一次卻點到了一杯日本酒——酒單上唯一一款日本酒!

那便是這款純米吟釀——「水之形(みずのかたち)」。

「這是一款可以像品味葡萄酒般享受的日本酒。入口柔和,甚至能感受到清泉般的鮮潤。」

正如服務員推薦的那樣,這確實是一款令人愉悅的美酒。一邊品味著這杯酒,一邊用手機查詢,得知「水之形」出自富山縣黑部市的皇國晴酒造。釀造用水是入選日本名水百選的「岩瀨家的清泉」,酒米使用富山縣產的「雄山錦」與「五百萬石」,酵母則選用了「金澤酵母」。可以說,這是一款凝聚了北陸風土特色的佳釀。

酒藏內湧出名列「名水百選」的泉水,據說在日本全國也僅此一家。酒藏由岩瀨家世代經營,專務岩瀨由香里,更是富山縣首位女性杜氏。「水之形」,似乎也能讓你感受到女性杜氏特有的細膩與優雅。

旅程最後一晚,我受邀到輕井澤的友人家中作客,主人以「獺祭」盛情款待。獺祭自然是我十分喜愛的名酒,也總能帶來奢華愉悅的享受。然而,回到東京之後,仍縈繞心頭的,卻是「水之形」的餘韻。

旅途中偶然邂逅的美酒,有時似乎比名聲顯赫的佳釀,更容易在記憶中留下深刻印象。

【閒話】
或許法國料理並不那麼受歡迎吧,餐廳裡,連同我們在內只有三組客人。坐在稍遠處的一組客人,同伴率先察覺,輕聲說道:「那位該不會是……」

原來,竟是那位以巧用木材形成獨特風格而聞名遐邇的建築家。
























「五月の半ばを過ぎた頃、南山麓の歩道のあちこちに沢山植えられている並木のアカシヤは、一斉に花を開いた。すると、町全体に、あの悩ましく甘美な匂い、あの、純潔のうちに疼く欲望のような、あるいは、逸楽のうちに回想される清らかな夢のような、どこかしら寂しげな匂いが、いっぱいに溢れたのであった。」

何年ぶりかで、この時期の大連に居合わせることができた。東関街の曲がり角で、満開になった樹齢百年のアカシヤを前にしたとき、ふたたび『アカシヤの大連』のこの一節が浮かんできた。吉本隆明がいう、自らの詩境に「他からどんな言葉もさし挟むことができない」と評した詩人・清岡卓行だけあって、このあたりの描写にはいつも感心させられる。

しかし、そんな詩的な情緒に浸っていたのは、ほんの一瞬だった。今回は大連の日本酒を探しに来たのである(笑)。

実は、中国における清酒製造の始まりは大連だという。1910年、鈴鹿吾三郎という人物が大連で清酒の試醸に成功した。それを契機として、撫順、奉天(瀋陽)、佳木斯などへと広がり、最盛期には満洲全体の清酒年間生産量は約15,100石(1石≒180リットル)に達した。そのうち関東州(大連・旅順)だけで9,000石と、実に六割近くを占めていたという。一方、満洲全体の年間消費量は35,000〜36,000石に及び、生産量を大幅に上回っていた時期もあった。つまり、作っても作っても飲まれていたのである。品質も、日本内地産に肩を並べるほどに向上していたらしい。

さらに1933年には、広島の三宅清兵衛商店が奉天市満鉄附属地に「満洲千福釀造株式會社」を設立した。資本金は100万円、工場は赤煉瓦造り。当時の「千福」は、満洲でも非常に名の知られた日本酒ブランドだったという。

しかし、もちろんそれらは戦後すべて姿を消した。

今回、ネット通販「京東」で見つけた「千賀壽」は、大連闊神生物発酵製品有限公司という2001年設立の会社の清酒だった。「千賀壽」は普通酒(上撰)だったが、湯景澤温泉の食堂では、同じ酒蔵の純米大吟醸の「福壽」と「如虎」にも出遭った。獺祭ほどではないにせよ、なかなかの値段である。

しかし、たしかに美味かった。

中文:
「五月中旬過後,南山下滿街的洋槐,一時都開了。於是,整座城市都瀰漫著那種令人迷醉而甘美的氣息――彷彿是純潔之中隱隱悸動的欲望,又彷彿是在逸樂之後回憶起的一場清澈夢境、帶著幾分寂寥的香氣。」

時隔多年,終於又能在這個季節置身大連。站在東關街的拐角處,看著那株盛開著的、已有百年樹齡的洋槐時,《洋槐樹下的大連》中的這一段文字,再次浮現在腦海中。每次讀到這裡,我總會感嘆:不愧是清岡卓行――那位「其詩境之中,容不得旁人再插入任何詞句」的詩人,對這種氣味的描寫,已經無可超越。

然而,沉浸在這種詩意裡,其實只有短短一瞬間。因為,這次是來尋找大連本地日本酒的(笑)。

據說中國清酒釀造歴史的起點,正是大連。1910年,一位名叫鈴鹿吾三郎的人,在大連首次試釀清酒成功。此後,清酒釀造又擴展到撫順、奉天、佳木斯等地。

到最盛時期,整個滿洲地區的清酒年產量達到約15,100石(1石約合180公升)。其中,僅關東州(大連、旅順)一地,就佔了9,000石,接近六成。

但當時整個滿洲每年的清酒消費量高達35,000至36,000石,遠遠超過當地產量。也就是說「釀多少喝多少還供不應求」。而且,據說酒質已經提升到足以與日本本土比肩的程度。

到了1933年,廣島的三宅清兵衛商店,又在奉天滿鐵屬地設立了「滿洲千福釀造株式會社」。資本金100萬日圓,廠房則是紅磚建築。當時的「千福」,在滿洲是極有名氣的日本酒品牌。

不過,這一切當然都在戰後消失了。

這次,我在網購平台「京東」上找到的「千賀壽」,則是大連闊神生物發酵製品有限公司――一家成立於2001年的中國企業生產的清酒。

「千賀壽」屬於普通酒(上撰級),後来在湯景澤溫泉餐庁裡,又遇到了同一酒廠出品的純米大吟釀「福壽」與「如虎」。雖說價格還不至於像獺祭那樣誇張,但也絕不便宜。

然而,確實很好喝。





















飛行機が羽田空港に着くころには、もう目がかゆくなる。そんなことを言うと、「まさか」と笑われる。だが、重い花粉症持ちなら、この感覚にうなずく人もいるはずだ。東京は大好きな街だが、この季節だけは別である。できることなら、あのまま上海にしばらく居続けたかった。

あまりのつらさに、那須高原の「温泉バンガロー」に丸一週間閉じ籠もり、外出を控えた。ところが日曜日、オープン翌日のMoN Takanawa The Museum of Narrativeで、このミュージアムの外装デザインを手がけた隈研吾氏らが登壇する開館記念セッション「MoN未来会議」があると知ると、心が動いた。結局、マスクに花粉対策用メガネ、深くかぶった帽子という重装備で会場へ向かうことになった。花粉症患者の春の外出は、ほとんど出征である。

そして、「MoN未来会議」を途中で抜け出し、高輪ゲートウェイシティをこれといった目的もなく歩いてみた。すると、高輪ゲートウェイ駅直結の「ニュウマン高輪」五階で、大型書店「BUNKITSU TOKYO(ブンキツ トーキョー)」に出会った。時間がなく、外から広い空間に遊び心のある書棚をのぞくだけだったが、既存の書店のイメージを一新するものだと感じた。あとで知ったのだが、ここは入場料制の書店で、約十万冊の蔵書に加え、カフェや作業スペースも備えているという。

最近は中国へ行っても、書店より「酒店」に足が向くことが多くなった。だが、先週の上海出張では、通り道で「中版書房」(中国出版集団新書展示庁、仙霞路345号)という店にふと立ち寄った(写真6-9)。

中版書房は、中国出版集団の厳選書籍を中心に、他の出版社の良書も幅広くそろえる書店である。文化関連グッズの販売や読書会、親子向けの交流イベントなども行っており、本を売る場所であると同時に、人が集まる文化の場にもなっているようだった。

上海では、多国籍レストランが集まる街で、新しい発想の本屋に出会い、東京では、未来都市を思わせる新しい街のなかでこれまた新しい書店に出会った。以前ほど本を買わなくなったのは事実だが、それでも書店に入ると、嬉しくなる。本のある場所に惹かれる気持ちは、どうやらまだ残っているらしい。

中文:
當飛機快要降落羽田機場的時候,我的眼睛似乎已經開始發癢。這樣說,旁人多半會笑:「哪有這麼誇張。」可是,有嚴重花粉症的人,大概都能懂得這種感覺。東京原是我極喜歡的一座城市,只是到了這個季節,情形便另當別論了。若有可能,我真想就那樣在上海再多待一陣子。

因為實在難受,我就在那須高原的「溫泉小木屋」裡整整躲了一個星期。但到了星期日,得知剛開館的 MoN Takanawa The Museum of Narrative,第二天有一系列開館紀念講演的「MoN未來會議」,有這座美術館外觀設計的建築師隈研吾等人登臺,我的心又動了。結果,就戴上口罩、花粉防護眼鏡,再加上一頂壓得很深的帽子,以全副武裝趕去會場。對花粉症患者來說,春天的出門,差不多就是出征了。

到了那裡,我又中途從「MoN未來會議」裡溜了出來,信步在高輪 Gateway City 走了一周。走著走著,便在高輪 Gateway 車站直通的「NEWoMan 高輪」五樓,遇見了一家大型書店,名叫「BUNKITSU TOKYO」。當時沒有多少時間了,只能站在外面,朝那寬敞的空間和帶著幾分別具巧思的書架望上幾眼;但就是這幾眼,也已使我覺得,它彷彿把我對書店的刻板印象一下子打翻了過來。後來才知道,這是一家收取入場費的書店,藏書約十萬冊,並且設有咖啡區與工作空間。

近來每次到中國去,比起書店,我往往更容易朝「酒店」那邊走去。可是,上星期去上海出差時,卻在路旁偶然走進了一家名叫「中版書房」的書店(中國出版集團新書展示廳,仙霞路345號,照片6—9)。

中版書房以中國出版集團精選的書籍為主,也兼售其他出版社的好書。店裡還賣一些文化創意小物品,也舉辦讀書分享會與親子共讀活動。看起來,那裡不只是賣書的地方,同時也是一個把人聚攏起來的文化空間。

在上海,我是在一條聚集著多國餐廳的街上,碰見另一家構想新穎的書店;在東京,我則是在一座帶著未來城市氣息的新街區裡,遇見一家新書店。如今我買書已不像從前那樣多了,可是,每逢走進書店,心裡還是會生出一點歡喜。看來,對有書的地方仍然懷著幾分眷戀,這份心情到底還沒有完全消失。





















上海出張では、いつも滞在日数に見合うだけの食事会が続く。今回も例外ではなかった。仕事に費やした時間より、宴席で過ごした時間のほうが長かったのではないか、と誰かに叱られそうである。

初日の食事会は、今回も上海孔乙己酒家だった。魯迅文学を題材にし、紹興の食文化を取り入れた浙江料理の店である。店はホテルから少し離れた場所へ移転していたが、皆この店の料理と紹興酒が好きなので、大雨のなかでもタクシーを飛ばして出かけた。

翌日は、上海で展示会業界で仕事をしているY夫妻に誘われ、新世紀広場にある日本人経営のイタリア料理店SOLAREへ。初めての店だったが、料理もワインもなかなかのものだった。

その翌日の食事会は、五角場にある小吊梨湯。「本場仕込みの北京の味、北京料理と北京ダックを味わう」とうたう店で、上海で以前からお世話になっている友人のZ氏らとともに北京料理をしっかり堪能した。

さらに翌々日は、公認会計士のL氏、W氏と「道道鮮・崇明私房菜」へ。本帮菜、つまり上海料理の店である。ここで出会ったのが、「青草沙米酒」と呼ばれる崇明老白酒だった。崇明老白酒は、上海・崇明島の特産で、糯米を原料に伝統的な製法で造られる。白く濁った酒で、口当たりはやわらかく、ほのかな甘みがある。地理的表示産品(GI=Geographical Indication)として保護され、醸造技法は無形文化遺産にも数えられているという。

同じ上海の酒でも、石庫門が紹興酒の系譜を引く都市の黄酒だとすれば、崇明老白酒はもっと地元の畑に近く、その土地そのものが静かに発酵してきたような酒である。いわば、上海の地酒と言ってよい。

最後に、お約束の中国製清酒も仙霞路のローソンでしっかり見つかった。宝酒造北京の松竹梅だった。精米歩合68%、アルコール度数15.5%。五泊六日、食事会続きの出張の最後にそれを見つけると、なぜか帳尻が合ったような気になるから不思議である。

【閑話】黄金城道にある台湾料理「千秋小館」が移転したという噂が駐在員の間で広まっているが、直接店主に確認したところ、それはデマだった。念のため、ここで打ち消しておく。今回は業務多忙で(笑)訪ねることができなかったが、次回は必ず立ち寄りたい。

中文:
到上海出差,照例總有與停留日數相當的飯局,這一回自然也不例外。細想起來,花在飯桌上的工夫,恐怕比花在正經事情上的還多,若有人要板起臉來責備一句「真不像話!」,倒也並不冤枉。

第一天的飯局,這回去的還是孔乙己酒家。這是一家以魯迅文學為題材,又揉合了紹興飲食風味的浙江菜館。店已搬到離旅館稍遠些的地方,不過大家都喜歡那裡的菜與紹興酒,便是在大雨裡,也還是叫了出租車趕去。

第二天,承在上海從事會展相關工作的Y夫婦相邀,到新世紀廣場一家由日本人經營的義大利菜館SOLARE吃飯。那店我是頭一回去,意大利菜與葡萄酒都頗有可取之處。

再下一天的飯局,則是在五角場的小吊梨湯。店裡自稱是「地道北京味,吃北京菜與北京烤鴨」,我便同幾位在上海一直承蒙照顧的幾位朋友一道,認認真真地吃了一頓北京菜。

又過一天,便與注册會計師的L先生、W先生同去「道道鮮・崇明私房菜」。這是本幫菜館,也就是上海菜館。在這裡碰見的,是一種叫作「青草沙米酒」的崇明老白酒。

崇明老白酒是上海崇明島的特產,以糯米為原料,用老法子釀成。酒色白而濁,入口柔和,帶著一點淡淡的甜味。它又作為地理標誌產品(GI=Geographical Indication)受到保護,釀造技法也列入了非物質文化遺產。

同是上海的酒,若說石庫門是承襲了紹興酒系譜、帶著都市氣息的黃酒,那麼崇明老白酒便更貼近本地的田野,更像是那一方水土本身靜靜發酵而成的酒。說它是上海真正的地酒,大約也無不可。

臨了,照例要找一找的中國製清酒,也果然在仙霞路的羅森便利店裡找到了,是寶酒造北京出的松竹梅。精米歩合68%、酒精度15.5%。。五夜六天,飯局接連不斷,到出差將盡時看見這樣一瓶清酒,不知怎的,心裡竟覺得這一趟行程,到此才算圓滿。




















1月1日から3月22日まで、東京国立博物館と台東区立書道博物館で「明末清初の書画(―乱世にみる夢―、―八大山人生誕400年記念―)」が同時開催されている。両館の連携企画も二十三回目を数えるが、その多くは中国文明に焦点を当ててきた。今回は明から清へと王朝が交替した十七世紀前後を軸に、書と画を通して激動の時代を読み解こうとする試みである。

明(1368―1644)から清(1616―1912)へ。教科書では数行で片づけられる王朝交替だが、その陰で筆を握っていた文人たちは、より切実な選択を迫られていた。明に殉じた烈士、清に抗した遺民、海を渡った亡命者、そして汚名を背負いながら両朝に仕えた弐臣。立場は異なっても、歴史の奔流の中で自らの名と心を如何に保つかという問いに真剣に向き合った点では同じである。その葛藤の端緒が、作品のどこかにふと顔をのぞかせることがあるから興味深い。

そして、展示室に並ぶ作品は、そうした重みを帯びて立ち現れる。連綿草の奔放な筆致、奇怪なまでに誇張された山水や花鳥。そこには太平の世の洗練とは異なる、どこか張り詰めた気配が漂う。

朱耷(八大山人)、李鱓、金農、鄭燮、張瑞図、徐渭、傅山、王鐸、倪元璐、朱舜水……名を挙げればきりがないが、いずれも一筋縄ではいかない個性である。古典を踏まえつつも、奇を尊ぶ風潮のなかで大胆に崩し、連ね、歪める。その破調の背後で、時代の不安定さが低く鳴っている。

私はこれまでに二度足を運び、ギャラリートークも聴いた。さらに今週末には、九州国立博物館長の富田淳氏と書道博物館長の鍋島稲子氏による「夜桜漫談」も控えている。二度見てもなお見足りない。時間が許せば、もう一度足を運びたい。乱世の筆墨は、静かな展示室のなかで、まだ乾ききっていないように思える。
※作品は撮影禁止のため、掲載している写真は主催者側が公開しているものを使用しております。

【中文】
1月1日至3月22日,東京國立博物館與台東區立書道博物館聯合舉辦「明末清初的書畫(——亂世之夢——、——八大山人生誕400週年紀念——)」展覽。兩館合作企劃已邁入第二十三回,多以中國文明為主題。本次則以明清之交的十七世紀前後為軸心,試圖透過書畫重新審視那段動盪不安的歷史。

從明(1368—1644)到清(1616—1912),教科書中往往只以數行文字帶過的王朝更替,對當時的文人而言,卻是關乎立場與名節的重大抉擇。殉明的烈士,抗清的遺民,遠渡日本的亡命者,以及背負罵名而事兩朝的貳臣。立場雖各異,卻同樣在歷史洪流之中,認真思索如何守住自己的名與心。那種內在的掙扎,有時會在作品的某個細節中悄然顯現,令人回味無窮。

展室中的作品,並非單純作為書畫史的樣式演變而存在,而是帶著這種沉重展現於眼前。筆勢奔放的連綿草,奇異誇張的山水花鳥,都不同於太平時代的精緻與閒適,而是一種令人隱隱感到緊張的氣氛。

朱耷(八大山人)、李鱓、金農、鄭燮、張瑞圖、徐渭、傅山、王鐸、倪元璐、朱舜水……等等,無一不是難以分群歸類的個性人物。他們即立足古典,又在崇尚「奇異」的風氣中大膽對作品解構、連筆、變形。變調之中,彷彿低低迴響著時代的不安。

我已兩度前往觀展,也聆聽了專家的導覽講解。本週末,還將參加由九州國立博物館館長與書道博物館館長的「夜櫻漫談」。看過兩次仍覺不足。若時間允許,我想再去一次。亂世的筆墨,在靜謐的展廳裡,似乎尚未真正乾透。



















日本酒には順位があるのか。そんな問いに、一つの現実的な答えを示しているのが「世界酒蔵ランキング」である。

このランキングは、その年に国内外で開催された主要な日本酒コンテストの入賞実績をポイント化し、酒蔵単位で集計、上位50蔵を格付けする仕組みだ。2025年は698蔵、のべ3415点の出品酒が対象となった。

ただし、コンテストに出品しない蔵は集計に含まれない。あくまで「審査の土俵に上がった者たち」の戦績表である。また、評価の基準は人気投票ではない。プロフェッショナルな審査員がブラインドで審査し、出品数や受賞数、審査方法も公開される。

つまり、誰が好きかではなく、どれだけ評価されたかが数字になる。上位5%は50ポイント、20%以内は40ポイントといった具合に配点され、各コンテストごとに上位10商品までを加算。さらに「全国新酒鑑評会」や各国税局主催の吟醸酒部門の実績も反映される。こうして積み上げられた総ポイントで、酒蔵の順位が決まる。

現在、日本酒のコンテストは日本国内にとどまらず、海外でも増えている。現地の嗜好を知る機会であり、同時に日本酒のアンバサダーを育てる場でもある。ランキングはその成果を横断的に可視化する試みと言えるだろう。

2025年の第1位は、宮城の新澤醸造店。22歳の女性杜氏、渡部七海さんの抜擢でも注目を集め、見事に4連覇を達成した。若き杜氏の名は、もはや話題性だけではない。結果が伴っている。その勢いを象徴するのが「零響 -Crystal 0- 2024」。500mlで最高価格1,375,000円という衝撃的な値が付いた(図8)。私が実際に目にした中では、最高額の日本酒である。

順位も価格も数字にすぎない。だが、その背後にあるのは、蔵の技術、挑戦、そしてその蔵だけが育んできた文化である。

・世界酒蔵ランキング
https://www.sakaguraranking.jp/

日本酒有排名嗎?「世界酒藏排行榜」給出了一個現實而具體的答案。

這個排行榜將當年在海內外舉辦的主要日本酒比賽之得獎成績加以積分化,按酒藏為單位統計,並對前50名酒藏進行評級。2025年共有698家酒藏、累計3,415款出品酒納入評比。

未參加比賽的酒藏並不列入統計。這是一份屬於「踏上評審擂台者」的戰績表。評價標準並非人氣投票。專業評審以盲飲方式進行嚴格審查,出品數量、得獎數量與評審方式皆公開透明。

換言之,比的不是誰更受大衆歡迎,而是誰獲得了多少專業肯定。進入前5%者得50分,前20%者得40分,如此分級計分;各項比賽中,每個酒藏最多計入前10款得獎酒的分數。此外,「全國新酒鑑評會」以及各國稅局主辦的吟釀酒部門之成績亦納入加分。最終依總積分高低,決定酒藏排名。

如今,已不限於日本國內,海外亦紛紛舉辦日本酒比賽。這既是了解當地口味愛好的契機,也是培養日本酒推廣者的舞台。排行榜可說是將這些成果加以橫向整合與可視化的一種嘗試。

2025年的第1名,是宮城縣的新澤釀造店。22歲女性杜氏(渡部七海)的破格任用曾引發關注,而酒藏亦成功達成四連霸。這位年輕杜氏的名字,已不僅僅是話題,而是以成績證明實力。

其氣勢的象徵之作是「零響 -Crystal 0- 2024」。500ml裝最高標價達1,375,000日圓(見圖2),在我實際所見之中,這是價格最高的一款日本酒。

排名也好,價格也罷,都不過是數字而已。然而,在其背後的,是酒藏的技術、挑戰,以及那座酒藏獨自孕育而成的醸酒文化。
































東京からおよそ五千キロ。


新疆ウイグル自治区アルタイ地区のカナス湖畔と、ボルタラ・モンゴル自治州のサイラム湖畔から、友人Z君の写真が届いた。もっとも、二つの湖はざっと五百キロ離れている。


あまりに幻想的で美しい。ひとり占めするには惜しいので、ここに掲げることにした。


そして、今朝は早く目が覚め、蘇軾を読んでいると、ふとあの《臨皋閑題》に行き当たった。この景色にはこの文章が似合うと思い、全文を載せておく。


臨皋亭下八十數步,便是大江。其半是峨眉雪水,吾飲食沐浴皆取焉,何必歸鄉哉!江山風月,本無常主,閑者便是主人。聞範子豐新第園池,與此孰勝?所不如者,上無兩稅及助役錢耳。


(書き下し文)臨皋亭の下、八十数歩にして、即ち大江なり。其の半は峨眉の雪水なり。吾が飲食沐浴、皆ここに取りて、何ぞ必ずしも郷に帰らんや。江山風月は、本より常の主無し。閑なる者、即ちこれ主人なり。範子豊の新第の園池を聞くに、これと孰れか勝れりや。如かざるところは、両税および助役銭なきのみ。


「江山風月は、本より常の主なし。閑なる者、即ちこれ主人なり。」


実に爽やかな境地である。


Z君、あなたもまた西域の湖畔で、しばし大自然の主人だったに違いない。