昨年9月7日、代々木公園のイベント広場で開かれていた「チャイナフェスティバル2025」を、特に目当てもなく歩いていたところ、雲南省ブースの前で足が止まった。

ワインも、ウイスキーも、コーヒーも、いずれも世界的に評価が高まっているという。正直に言えば、これまで抱いていた雲南省のイメージとはずいぶん違い、なかなかの不意打ちだった。

今日、天候が悪く、昼に用事はひとつだけ済ませて、早々に家へ戻った。時間ができたせいか、ふと雲南省のことを思い出した。少しは勉強して、文章を書いたり、酒の席で友人に蘊蓄の一つも披露できたらと思い、資料を探し始めたのである。

ところがその途中で、ホリエモンの動画に出会った。しかも二本。気がつけば、立て続けに見ていた。

百聞は一見に如かず、とはよく言ったもので、この二本があれば、私の拙い文章など、もはや出番はない。

―――
・注目のビジネス目白押し!?中国最強の観光地・雲南省の現在をホリエモンがめぐる旅
https://www.youtube.com/watch?v=E6of6UB_FtQ
・世界が注目するコーヒー・お茶・ワイン...中国・雲南省の「億万ビジネス」の正体に迫る
https://www.youtube.com/watch?v=8C4NT_vUym8

去年9月7日,我在代代木公園的活動廣場正在舉辦的「中國節2025」上漫無目的地走著,腳步在雲南省展位前停了下來。

葡萄酒、威士忌、咖啡——無論哪一樣,據說都已在世界範圍內獲得高度評價。老實說,這與我以往對雲南省的印象相去甚遠。

今天天氣不佳,中午只把一件必要的事辦完,便早早回了家。因為多出了些空閒,腦中忽然又想起了雲南省。心想該補點功課,無論是寫成文章也好,還是在酒席上拿出一點談資應付朋友也好,於是便開始翻找資料。

不料在這個過程中,卻遇上了堀江貴文的youtube影片,而且還是兩集。一口氣看完了。

「百聞不如一見」。有了這兩集影片,我那點拙劣的文字,已經沒有出場的必要了。

―――
・商機接連不斷!?堀江貴文走訪中國最強觀光地——雲南省
https://www.youtube.com/watch?v=E6of6UB_FtQ
・世界矚目的咖啡、茶葉、葡萄酒……揭開中國雲南省「億萬級商機」的真相
https://www.youtube.com/watch?v=8C4NT_vUym8



















先週、六百キロほど北上して雪を探していた。そのせいか、昨夜は雪がわざわざ訪ねてきてくださった(笑)。それも今朝には、数年ぶりの「鵞毛大雪」となった。

これで皆、銀世界である。
雪国へ出かけようとしている君。わざわざ遠征しなくても、北海道も、青森も、岩手も、山形も、新潟も、長野も、そして東京も、今日は同じ色だ。

先週、雪を探していた時と同じ服装で出かけてみた。寒さも負けず劣らずだが、「雪狩り」目的らしい人も数人見かける。犬連れもいるーー犬のほうがはしゃいでいる。雪だるまを作る少年もいる。池では一羽の鴨が忙しそうに泳ぎ回っている。雪に驚かされているようにも見える。もっとも、雪を喜んでいるようにも見える。満開の赤梅は、白い世界の中でいっそう美しく見える。

雪の中を一時間半近くも歩いた。水筒を持ってこなかったため、公園の水飲み場で水を飲もうとしたが、凍結していて飲めなかった。そこで、子どもの時以来、初めて雪を食べてみた。味は、記憶のままだった。美味しくはないが、決してまずくはなかった(笑)。

上週,我北上六百公里去找雪。也許正因如此,昨晚雪竟然特地登門拜訪(笑)。而且到了今早,竟成了數年一遇的「鵞毛大雪」。

於是,四周一片銀白。
正打算前往雪國的你,其實不必特地遠征。北海道、青森、岩手、山形、新潟、長野,還有東京,今天全都同一種顏色。

我穿著上週找雪時同樣的裝備出門。寒冷程度不相上下,倒也看見幾個似乎以賞雪為目的的人。有人牽著狗──反倒是狗更興奮。也有少年在堆雪人。池中一隻鴨子忙碌地游來游去,看起來像是被雪嚇著了,但又彷彿是在享受這場雪。盛開的紅梅,在白色的世界裡顯得格外美麗。

在雪中走了將近一個半小時,因為沒帶水壺,想在公園的飲水台喝水,卻早已結冰,無法取水。於是,我自孩提時代以來又一次喫了雪。味道,和記憶中一模一樣。談不上好喫,但也絕不算難喫(笑)。



















雪、雪、雪、、、

温泉の友のFさんから、陸奥湾沿いの浅虫温泉、さらに夏泊半島まで足を延ばしたという写真が届いた。

新幹線の車内放送では、新青森から先のローカル線もバスも運行停止とのことだった。そんな状況でも予定を崩さず旅をこなすあたり、さすが旅の達人である。荒天をものともしない神技に、ただ感心するばかりだ。

一方、私は保守的である。再三旅程を変更した結果、浅虫温泉から二百キロも離れた御所湖畔の盛岡つなぎ温泉に落ち着いた。

唯一の懸念は、仙台のときのように雪が見られないのでは、という点だったが、それは杞憂に終わる。写真だけ見れば、夏泊半島なのか御所湖畔なのか判別がつかないほどの大雪である。おまけに宿では、さんさ踊りまで堪能することができた。

南部杜氏が活躍してきた土地だけに、美酒にも事欠かない。酔仙、赤武、あさ開、南部美人──日本酒ファンに愛される蔵と銘柄が、ここには揃っている。

中でも印象に残ったのが、「タクシードライバー」という名の純米原酒だ。喜久盛酒造の酒で、映画好きの蔵元がアメリカ映画の同名作品に着想を得て名付けたという。

南部杜氏は、腕が確かなだけではない。どうやら遊び心も、相当に旺盛らしい。

【閑話】今日(7月31日)、東京駅スクエアゼロで「美食の國福井の恵み大集結〜あわら・坂井・永平寺の特産品&グルメ〜」が開催される。田辺酒造蔵元の田邊啓朗氏が店頭に立ち、新酒を紹介するという。

雪、雪、雪……

溫泉同好 F 先生傳來照片,說他去了陸奧灣沿岸的淺蟲溫泉,還一路走進夏泊半島。

新幹線車內廣播中提到,從新青森出發的地方鐵路與巴士都已停運。即便在這樣的情況下,他行程依然不亂,照樣完成旅程,果然是旅行老手。對於他在惡劣天氣中仍能從容應對的「神技」,只能由衷佩服。

相較之下,我卻是很保守的。多次調整行程之後,最終落腳在距離淺蟲溫泉足足兩百公里之外、御所湖畔的盛岡繫溫泉。

唯一的擔心是會不會又像在仙台時那樣,看不到雪。然而這份擔心很快便成了多餘。只看照片的話,幾乎分不清究竟是夏泊半島,還是御所湖畔,一片鋪天蓋地的大雪。更令人欣喜的是,在旅館裡,還得以好好欣賞了一場當地傳統的「三颯舞」。

南部杜氏活躍過的土地,自然不缺美酒。酔仙、赤武、あさ開、南部美人——這裡匯聚了許多深受日本酒愛好者喜愛的酒藏與名酒。

其中最讓人印象深刻的,是一款名為「Taxi Driver」的純米原酒。這是喜久盛酒造的作品,據說是愛看電影的藏元,受到同名美國電影的啟發而命名。

南部杜氏,不僅手藝高明,童心也相當旺盛。

【閒話】今天(1月31日),東京車站 Square Zero 舉辦「美食之國福井的饗宴大集結——蘆原・坂井・永平寺的特產與美食」。田邊酒造的藏元(酒莊老闆)田邊啓朗先生親自在現場介紹本季新酒。

































雪見夢 破れて雨の 夜となりぬ
雪見夢 溶かれて雨の 夜となりぬ

津軽海峡冬景色を見ようと、新幹線と宿を予約していた。

ところが連日の豪雪で、現地では鉄道も道路も止まりかねない状況になった。風景以前に、身動きが取れなくなる可能性が出てきたため、急きょ行き先を岩手・宮城に変更した。

岩手も宮城も連日雪だと聞いていた。
雪を見るという当初の目的は、最低限果たせるだろう。そう思っていた。

ところが今日(1月27日)、仙台駅に降り立つと、雪はまったくない。
郊外のホテルに移動しても、残雪がまだらにある程度。しかも夕方になると、あろうことか雨が降り出した。

雪を追ってきて、雨に迎えられた。

ラウンジで新聞を読み漁る。紙面は選挙一色だった。
中でも河北新聞の「河北春秋」が面白い。以下に抄録する。日本酒の話は明日に譲る(笑)。
(以下省略)























欧米系欧米系ホテル内のスタンディングバーはさておき、現在の中国では、伝統的な立ち呑み屋はほとんど姿を消してしまったのではないか。

では、魯迅の短編『孔乙己』で孔乙己が出入りしていた咸亨酒店(かんこうしゅてん)は、かつて紹興など江南地方に見られた立ち呑み屋だったのだろうか。

「魯鎮の酒場の構えは他所と違っていずれも皆、曲尺形の大櫃台を往来へ向けて据え、櫃台の内側には絶えず湯を沸かしておき、燗酒がすぐでも間に合うようになっている。仕事をする人達は正午の休みや夕方の手終いにいちいち四文銭を出しては茶碗酒を一杯買い、櫃台に靠たれて熱燗の立飲みをする。」(井上紅梅訳)

この描写を読むかぎり、少なくとも魯迅が見ていた江南の酒場には、「立って飲む」ことを前提とした風景が、日常の一部として確かに存在していたように思える。

それが日本では、江戸の下層町人の生活圏で育まれて以来、長らく生命力を保ち続けてきた。現在になっても、東京の中心部は高層ビル化が進み、数は減ったとはいえ、立ち呑み屋はいまなお、しぶとく存在感を放っている。

酒喰洲(人形町)、藤田酒店(神田)、銀座しまだ(銀座)、浅野日本酒店(浜松町)、秋田屋(大門)、富士屋本店(渋谷)、カドクラ(上野)……。

年の瀬に、東京駅の目の前に聳え立つ大規模複合商業施設・ミッドタウン八重洲に立ち寄った。そこで二階の「八重洲パブリック」を初めて「発見」した。

夜の街角で出会うような屋台風居酒屋がぎっしりと並び、台湾の店もある。その一角の「立ち喰い酒場 金獅子」は、立ち飲み屋の要素をほぼすべて備えていた。

立ち「呑み」ではなく立ち「喰い」酒場と名乗るのは、料理にも力を入れ、一筋縄ではいかない飲み客の食欲を満たす自信もあるからだという。

昭和感を前面に演出したカウンター。赤提灯、天井から吊るされた急須、所狭しと貼られた短冊メニューと地酒の札。その間に、「閉店まであと70日」という貼り紙が目に入った。

大阪の有名店が二年限定で出店しており、一年の契約延長はできたものの、これ以上は居られないらしい。次の場所を探している、と店長は話した。

さて、どこへ引っ越すのだろう。3月に入ったら、ほろ酔いの街角で探してみるとしよう(笑)。

【閑話】ミッドタウン八重洲には城東小学校が入っている。――なるほど、じょうとう、上等。

中文
撇開歐美系飯店內的 standing bar 不談,如今在中國,傳統意義上的立飲酒館,恐怕已經消失殆盡了吧。

那麼,在魯迅的短篇小說《孔乙己》中,孔乙己經常出入的咸亨酒店,是否曾是過去紹興等江南地區常見的立飲酒館呢?

「魯鎮的酒店的格局,是和別處不同的:都是當街一個曲尺形的大櫃檯,櫃裡面預備著熱水,可以隨時溫酒。做工的人,傍午傍晚散了工,每每花四文銅錢,買一碗酒,——這是二十多年前的事,現在每碗要漲到十文,——靠櫃外站著,熱熱地喝了休息。」

從這段描寫來看,至少在魯迅所處的江南,在酒館「站著喝酒」,確實曾是日常生活中的一種情景。

而在日本,這種飲酒形式於江戶時代在下層町人生活圈中形成以來,長久地保持著旺盛的生命力。即使到了今天,東京市中心高樓大廈鱗次櫛比,立飲酒館的數量雖然減少,卻依舊頑強地展現著存在感。

酒喰洲(人形町)、藤田酒店(神田)、銀座しまだ(銀座)、淺野日本酒店(濱松町)、秋田屋(大門)、富士屋(澀谷)、カドクラ(上野)……。

年末時,我順道去了矗立在東京車站正前方的大型複合商業設施——東京中城八重洲。在那裡,我第一次「發現」了二樓的「八重洲公共區」。

數間彷彿夜晚在街角也會遇見的居酒屋,其中也有台灣風格的小喫店。角落裡的「立喫酒場 金獅子」,幾乎具備了立飲酒館的所有要素。

之所以自稱立「喫」而非立「飲」酒場,是因為他們在料理上也下了功夫,自信又能滿足酒客挑剔的食慾。

刻意營造昭和氛圍的吧檯,紅色燈籠、從天花板垂掛的急須(茶壺)、貼得滿滿的短冊菜單與地酒標籤。而在其中,一張寫著「距離閉店還有70天」的告示映入眼簾。

這是一家來自大阪的知名店鋪,原本合同限定兩年,經協商曾延長過一年,但似乎已無法再延長了。店長說,他正在尋找下一個落腳處。

那麼,金獅子究竟會搬到哪裡去呢?等到三月,不妨微醺後在街頭巷尾找找看吧!(笑)ホテル内のスタンディングバーはさておき、現在の中国では、伝統的な立ち呑み屋はほとんど姿を消してしまったのではないか。

では、魯迅の短編『孔乙己』で孔乙己が出入りしていた咸亨酒店(かんこうしゅてん)は、かつて紹興など江南地方に見られた立ち呑み屋だったのだろうか。

「魯鎮の酒場の構えは他所と違っていずれも皆、曲尺形の大櫃台を往来へ向けて据え、櫃台の内側には絶えず湯を沸かしておき、燗酒がすぐでも間に合うようになっている。仕事をする人達は正午の休みや夕方の手終いにいちいち四文銭を出しては茶碗酒を一杯買い、櫃台に靠たれて熱燗の立飲みをする。」(井上紅梅訳)

この描写を読むかぎり、少なくとも魯迅が見ていた江南の酒場には、「立って飲む」ことを前提とした風景が、日常の一部として確かに存在していたように思える。

それが日本では、江戸の下層町人の生活圏で育まれて以来、長らく生命力を保ち続けてきた。現在になっても、東京の中心部は高層ビル化が進み、数は減ったとはいえ、立ち呑み屋はいまなお、しぶとく存在感を放っている。

酒喰洲(人形町)、藤田酒店(神田)、銀座しまだ(銀座)、浅野日本酒店(浜松町)、秋田屋(大門)、富士屋本店(渋谷)、カドクラ(上野)……。

年末、東京駅の目の前に聳え立つ大規模複合商業施設・ミッドタウン八重洲に立ち寄った。そこで二階の「八重洲パブリック」を初めて「発見」した。

夜の街角で出会うような屋台風居酒屋がぎっしりと並び、台湾の店もある。その一角の「立ち喰い酒場 金獅子」は、立ち飲み屋の要素をほぼすべて備えていた。

立ち「呑み」ではなく立ち「喰い」酒場と名乗るのは、料理にも力を入れ、一筋縄ではいかない飲み客の食欲を満たす自信もあるからだという。

昭和感を前面に演出したカウンター。赤提灯、天井から吊るされた急須、所狭しと貼られた短冊メニューと地酒の札。その間に、「閉店まであと70日」という貼り紙が目に入った。

大阪の有名店が二年限定で出店しており、一年の契約延長はできたものの、これ以上は居られないらしい。次の場所を探している、と店長は話した。

さて、どこへ引っ越すのだろう。3月に入ったら、ほろ酔いの街角で探してみるとしよう(笑)。

【閑話】ミッドタウン八重洲には城東小学校が入っている。――なるほど、じょうとう、上等。

中文
撇開歐美系飯店內的 standing bar 不談,如今在中國,傳統意義上的立飲酒館,恐怕已經消失殆盡了吧。

那麼,在魯迅的短篇小說《孔乙己》中,孔乙己經常出入的咸亨酒店,是否曾是過去紹興等江南地區常見的立飲酒館呢?

「魯鎮的酒店的格局,是和別處不同的:都是當街一個曲尺形的大櫃檯,櫃裡面預備著熱水,可以隨時溫酒。做工的人,傍午傍晚散了工,每每花四文銅錢,買一碗酒,——這是二十多年前的事,現在每碗要漲到十文,——靠櫃外站著,熱熱地喝了休息。」

從這段描寫來看,至少在魯迅所處的江南,在酒館「站著喝酒」,確實曾是日常生活中的一種情景。

而在日本,這種飲酒形式於江戶時代在下層町人生活圈中形成以來,長久地保持著旺盛的生命力。即使到了今天,東京市中心高樓大廈鱗次櫛比,立飲酒館的數量雖然減少,卻依舊頑強地展現著存在感。

酒喰洲(人形町)、藤田酒店(神田)、銀座しまだ(銀座)、淺野日本酒店(濱松町)、秋田屋(大門)、富士屋(澀谷)、カドクラ(上野)……。

年末時,我順道去了矗立在東京車站正前方的大型複合商業設施——東京中城八重洲。在那裡,我第一次「發現」了二樓的「八重洲公共區」。

數間彷彿夜晚在街角也會遇見的居酒屋,其中也有台灣風格的小喫店。角落裡的「立喫酒場 金獅子」,幾乎具備了立飲酒館的所有要素。

之所以自稱立「喫」而非立「飲」酒場,是因為他們在料理上也下了功夫,自信又能滿足酒客挑剔的食慾。

刻意營造昭和氛圍的吧檯,紅色燈籠、從天花板垂掛的急須(茶壺)、貼得滿滿的短冊菜單與地酒標籤。而在其中,一張寫著「距離閉店還有70天」的告示映入眼簾。

這是一家來自大阪的知名店鋪,原本合同限定兩年,經協商曾延長過一年,但似乎已無法再延長了。店長說,他正在尋找下一個落腳處。

那麼,金獅子究竟會搬到哪裡去呢?等到三月,不妨微醺後在街頭巷尾找找看吧!(笑)























APニュース:China and Japan, uneasy neighbors in East Asia, are at odds again

(東アジアの不安定な隣人同士である中国と日本が、再び対立へ)

https://apnews.com/article/china-japan-tensions-nuclear-taiwan-history-1d50ae5508c8e958ccf2b577302948bc

サマリー
・2026年初頭、中国と日本は、歴史認識・台湾問題・軍事・経済制裁をめぐり、再び激しい言葉の応酬に入った。
・発端は、日本の新首相・高市早苗による「台湾有事」発言で、中国はこれを主権侵害・軍事的威嚇として強く非難。
・中国は「デュアルユース輸出規制」や半導体関連物質の調査など、経済カードも動員。
・さらに中国側団体が、日本の「核武装の野心」を警告する報告書を発表し、歴史問題と結びつけた。
・記事全体は、日中関係において「怒り」がいかに国内政治と外交の双方で繰り返し利用されてきたかを描き、今回もそれが再演されていると指摘している。


書き初めの 墨まだ温し 年新た
(かきぞめの すみまだぬくし としあらた)
ーーこの重季は許されますか?爆笑

東京近年似乎也愈發偏愛紅色,大概與日益增多的華人文化影響不無關係ニコニコ





















国酒聲釀祭(こくしゅせいじょうさい)とは、日本のお酒を「味覚」だけでなく、「聴覚」まで含めて味わおうとする、やや野心的な酒のイベントだった。

2025年最後の週末に開催されたこのイベントは、少し風変わりな試みでもある。世界で評価される日本酒を中心とした「国酒」と、日本アニメに命を吹き込んできた声優たち、そしてお笑いタレント。その三つを正面から結びつけることで、酒の楽しみ方を一層高い次元のものへと引き上げようとしている催しでもある。

日本酒と声の芸術。一見、無関係に見えるが、どちらも「目に見えないもの」を扱う仕事だ。酒は香りや余韻として記憶に残り、声は姿のない存在として感情を動かす。その共通点が、この場では重なっていた。

会場は東京駅前のKITTEビル。参加酒蔵は、南部美人(岩手)、金水晶酒造店(福島)、群馬の大利根酒造、土田酒造、佐賀の馬場酒造場、矢野酒造、小松酒造。さらに、10月の台風災害で被害を受けた八丈島の焼酎四蔵も、「東京島酒(GI TOKYO SHIMAZAKE)」として登場した(八丈島酒造、八丈興発、坂下酒造、樫立酒造)。

会場では、声優トーク、漫才、飲み比べが同時進行する。トークステージには本渡楓、高橋美佳子、松田利冴、関根瞳、浜崎奈々、石谷春貴らが来場し、司会はお笑い芸人の天津飯大郎。ファンとの距離の近い、賑やかな交流が続いた。

そして終日、会場を盛り上げていたのが、きき酒師で漫才師という異色のコンビ「にほんしゅ」だ。あさやんこと浅浦史大さんと北井一彦さん。

きき酒師がいる酒の場は、今では当たり前になった。漫才師が顔を出す酒席も、もはや特別な光景ではない。しかし、その二つを同時に名乗るコンビは、日本でもおそらくこの一組だけだろう。

彼らは2014年6月、千葉の酒販店「リカープラザ大越酒店」でコンビ揃って働きながら日本酒を学び、同年9月に二人同時に利き酒師の資格を取得した。10月1日の「日本酒の日」にコンビを再結成し、翌年から「にほんしゅ」として本格的に活動を再開したという。

芸、日本酒、資格。そのいずれにも真剣に向き合う姿勢が、これからの日本酒の普及と発展に大きく寄与するだろう。

中文:
所謂「國酒聲釀祭」,是一場試圖不僅以「味覺」,更連同「聽覺」一併來品味日本酒的活動,帶著幾分雄心。

這場於2025年最後一個週末舉行的活動,本身也是一次特別的嘗試————以在世界上備受肯定的日本酒為核心的「國酒」,再加上為日本動畫注入生命的聲優,以及搞笑藝人,三者被直接連結起來,試圖把飲酒的樂趣提升到一個更高的層次。

日本酒與聲音的藝術,乍看之下似乎毫不相干,但兩者其實都在處理「看不見的事物」。酒以香氣與餘韻留存在記憶之中,聲音則以無形撥動情感。

會場位於東京車站前的 KITTE 大樓。參加的酒藏包括:南部美人(岩手)、金水晶(福島)、群馬的大利根酒造、土田酒造,以及佐賀的馬場酒造場、矢野酒造、小松酒造。此外,10 月因颱風災害受創的八丈島四家燒酎酒藏,也以「東京島酒(GI TOKYO SHIMAZAKE)」之名登場(八丈島酒造、八丈興發、坂下酒造、樫立酒造)。
會場內,聲優對談、漫才表演與酒款品飲同時進行。到場的有本渡楓、高橋美佳子、松田利冴、關根瞳、濱崎奈奈、石谷春貴等人,主持則由搞笑藝人天津飯大郎擔任,與粉絲之間展開近距離、熱鬧而親切的交流。

而整天持續為會場帶動氣氛的,則是兼具唎酒師與漫才師身分的異色組合「にほんしゅ(NIHONSHU)」。成員是藝名「あさやん(ASAYAN)」的淺浦史大和北井一彥。

如今,有唎酒師在場的酒席早已司空見慣;漫才師出現在酒席之中,也不再令人驚訝。然而,同時擁有這兩種身分的組合,在日本恐怕也只有他們這一組。

2014 年 6 月,兩人一同在千葉的酒類販售店「リカープラザ(Liquor-plaza)大越酒店」工作,一邊學習日本酒。同年 9 月,兩人同時取得唎酒師資格,並於 10 月 1 日「日本酒之日」重新組成搭檔,隔年起以「にほんしゅ」之名正式展開藝人活動。

對「技藝」、「日本酒」與「資格」三者都秉持認真態度的這種姿勢,或許正是今後日本酒得以持續普及與發展的重要力量。















年の瀬や 指先覚えし 松の息

2011年の夏、那須高原で頂いた箸ほどの苗。
剪定は最初からしない方針──というより、出来なかったのですが(笑)、いまは自由奔放に枝を伸ばしています。

筆干しにも、役立ってもらっています。





千代田区の二七通りから帯坂に入ると、「会館」と名乗る建物が続く。右手に水道会館、自動車会館、ゼンセン会館。左手には、日本棋院会館が今もある。

ここを訪れるのは、三十八年ぶりだった。

とはいえ、当時の私は囲碁に用があったわけではない。日本棋院会館に入居していた日本ペンクラブを、遠藤文学研究者の友人の案内で訪ね、当時会長だった遠藤周作先生を表敬訪問したのが目的だった。建物の中を見る余裕などなく、日本棋院がどのような場所なのかも知らないまま、遠藤先生としばらく大連の話をし、記念写真を撮り、サイン入りの『海と毒薬』を頂いた──その記憶だけが残っている。

今回、初めて「囲碁の場としての日本棋院会館」を訪ねることになった。

地下にある囲碁殿堂資料館は2004年に創設され、「偉大な先人たちや囲碁文化を咲かせた歴史を振り返り、未来へ導く」ことを目的としているという。これまでに三十三名が殿堂入りを果たしている。

顕彰レリーフを眺めていると、「囲碁の歴史がそのまま浮き彫りになってくる。歴代本因坊の名が並び、呉清源、林海峰といった近代囲碁の巨人が続く。その一方で、棋士以外として、徳川家康、正岡子規、川端康成、陳毅の顕彰レリーフも含まれている。囲碁が単なるゲームではなく、文化や政治、文学と深く絡み合ってきたことを端的に示す顔ぶれだ。

さて、囲碁と酒の関係も、同じ文脈で語れるだろう。囲碁は「大人の遊び」と言われるが、実際、プロ棋士の中には酒豪として知られる人も少なくない。盤上では一手に何分も沈黙する人が、杯を前にすると急に饒舌になる。囲碁と酒は、対局後の時間において自然に結びついてきた。

そして、宝酒造杯。

参加資格は、法的に酒を飲むことが許されている年齢であること──それだけだ。いまやアマチュア囲碁大会の中でも屈指の人気を集めている。会場には主催社の酒を味わえる一角が設けられ、対局の合間や終局後、自然と人が集まる。勝敗を離れ、杯を傾けながら碁の話に花が咲く。

帰りに、二階の売店で張栩九段が考案した四路盤パズルゲーム「よんろの碁」をあしらった手拭いを一枚求めた。張栩九段は煙草が大の苦手で、対局相手に吸われると戦意が削がれてしまうというが、酒は嫌いではないようだ。

【中文】
從千代田區的二七路走進帶坂,掛著「會館」之名的建築一棟接一棟。右側是水道會館、汽車會館、全繊會館,左側則是日本棋院會館。

上一次來這裡,已是三十八年前的事了。

不過,當時的我並不是為了圍棋而來,是在一位研究遠藤文學的朋友帶領下,造訪當時寄居在日本棋院會館內的日本筆會,並拜訪擔任會長的遠藤周作先生。那時根本無暇細看建築內部,也不清楚日本棋院究竟是怎樣的地方,只記得和遠藤先生聊了一會兒大連的話題,合影留念,並獲贈一本簽名的《海與毒藥》──至今留下的,只有這些片段的記憶。

這一次,目的就是日本棋院。

位於地下的圍棋殿堂資料館創設於2004年,其宗旨在於回顧孕育圍棋文化的歷史,引領圍棋邁向未來。至今,已有三十三人步入殿堂。

凝視著一面面顯彰浮雕,圍棋的歷史彷彿浮現眼前。歷代本因坊的名字一字排開,接著是吳清源、林海峰等近代圍棋巨擘。另一方面,非棋士身分的德川家康、正岡子規、川端康成、陳毅,也同樣名列其中。這樣的陣容,清楚地顯示出圍棋並非單純的勝負游戲,而是與文化、政治、文學緊密交織的存在。

說到這裡,圍棋與酒的關係,也可以放在同一條脈絡中來看。圍棋常被稱為「大人的遊戲」,實際上,職業棋士之中,也不乏以酒量聞名的人物。在棋盤前,一手棋往往沉默良久;但一旦酒杯在手,話匣子就會忽然打開。圍棋與酒,向來是在對局結束之後,自然而然地結合在一起。

接著,自然會想到「寶酒造杯」。

參賽資格只有一項──參加者必須達到法定飲酒年齡,僅此而已。如今,它已成為業餘圍棋大賽中屈指可數的人氣賽事。場內可以品嚐日本酒,無論是對局間隙,還是終局之後,人們總會不自覺地聚集過來。暫時放下勝負之争,舉杯笑談棋局。

離開日本棋院時,我在二樓賣店買了一條拭手巾,上面印著張栩九段構思的四路棋盤益智遊戲「四路之碁」。據說,張栩九段極為懼怕香菸,若對手在對局時吸菸,就會削弱他的鬥志;不過,對於酒,他似乎並不排斥。