欧米系欧米系ホテル内のスタンディングバーはさておき、現在の中国では、伝統的な立ち呑み屋はほとんど姿を消してしまったのではないか。
では、魯迅の短編『孔乙己』で孔乙己が出入りしていた咸亨酒店(かんこうしゅてん)は、かつて紹興など江南地方に見られた立ち呑み屋だったのだろうか。
「魯鎮の酒場の構えは他所と違っていずれも皆、曲尺形の大櫃台を往来へ向けて据え、櫃台の内側には絶えず湯を沸かしておき、燗酒がすぐでも間に合うようになっている。仕事をする人達は正午の休みや夕方の手終いにいちいち四文銭を出しては茶碗酒を一杯買い、櫃台に靠たれて熱燗の立飲みをする。」(井上紅梅訳)
この描写を読むかぎり、少なくとも魯迅が見ていた江南の酒場には、「立って飲む」ことを前提とした風景が、日常の一部として確かに存在していたように思える。
それが日本では、江戸の下層町人の生活圏で育まれて以来、長らく生命力を保ち続けてきた。現在になっても、東京の中心部は高層ビル化が進み、数は減ったとはいえ、立ち呑み屋はいまなお、しぶとく存在感を放っている。
酒喰洲(人形町)、藤田酒店(神田)、銀座しまだ(銀座)、浅野日本酒店(浜松町)、秋田屋(大門)、富士屋本店(渋谷)、カドクラ(上野)……。
年の瀬に、東京駅の目の前に聳え立つ大規模複合商業施設・ミッドタウン八重洲に立ち寄った。そこで二階の「八重洲パブリック」を初めて「発見」した。
夜の街角で出会うような屋台風居酒屋がぎっしりと並び、台湾の店もある。その一角の「立ち喰い酒場 金獅子」は、立ち飲み屋の要素をほぼすべて備えていた。
立ち「呑み」ではなく立ち「喰い」酒場と名乗るのは、料理にも力を入れ、一筋縄ではいかない飲み客の食欲を満たす自信もあるからだという。
昭和感を前面に演出したカウンター。赤提灯、天井から吊るされた急須、所狭しと貼られた短冊メニューと地酒の札。その間に、「閉店まであと70日」という貼り紙が目に入った。
大阪の有名店が二年限定で出店しており、一年の契約延長はできたものの、これ以上は居られないらしい。次の場所を探している、と店長は話した。
さて、どこへ引っ越すのだろう。3月に入ったら、ほろ酔いの街角で探してみるとしよう(笑)。
【閑話】ミッドタウン八重洲には城東小学校が入っている。――なるほど、じょうとう、上等。
中文
撇開歐美系飯店內的 standing bar 不談,如今在中國,傳統意義上的立飲酒館,恐怕已經消失殆盡了吧。
那麼,在魯迅的短篇小說《孔乙己》中,孔乙己經常出入的咸亨酒店,是否曾是過去紹興等江南地區常見的立飲酒館呢?
「魯鎮的酒店的格局,是和別處不同的:都是當街一個曲尺形的大櫃檯,櫃裡面預備著熱水,可以隨時溫酒。做工的人,傍午傍晚散了工,每每花四文銅錢,買一碗酒,——這是二十多年前的事,現在每碗要漲到十文,——靠櫃外站著,熱熱地喝了休息。」
從這段描寫來看,至少在魯迅所處的江南,在酒館「站著喝酒」,確實曾是日常生活中的一種情景。
而在日本,這種飲酒形式於江戶時代在下層町人生活圈中形成以來,長久地保持著旺盛的生命力。即使到了今天,東京市中心高樓大廈鱗次櫛比,立飲酒館的數量雖然減少,卻依舊頑強地展現著存在感。
酒喰洲(人形町)、藤田酒店(神田)、銀座しまだ(銀座)、淺野日本酒店(濱松町)、秋田屋(大門)、富士屋(澀谷)、カドクラ(上野)……。
年末時,我順道去了矗立在東京車站正前方的大型複合商業設施——東京中城八重洲。在那裡,我第一次「發現」了二樓的「八重洲公共區」。
數間彷彿夜晚在街角也會遇見的居酒屋,其中也有台灣風格的小喫店。角落裡的「立喫酒場 金獅子」,幾乎具備了立飲酒館的所有要素。
之所以自稱立「喫」而非立「飲」酒場,是因為他們在料理上也下了功夫,自信又能滿足酒客挑剔的食慾。
刻意營造昭和氛圍的吧檯,紅色燈籠、從天花板垂掛的急須(茶壺)、貼得滿滿的短冊菜單與地酒標籤。而在其中,一張寫著「距離閉店還有70天」的告示映入眼簾。
這是一家來自大阪的知名店鋪,原本合同限定兩年,經協商曾延長過一年,但似乎已無法再延長了。店長說,他正在尋找下一個落腳處。
那麼,金獅子究竟會搬到哪裡去呢?等到三月,不妨微醺後在街頭巷尾找找看吧!(笑)ホテル内のスタンディングバーはさておき、現在の中国では、伝統的な立ち呑み屋はほとんど姿を消してしまったのではないか。
では、魯迅の短編『孔乙己』で孔乙己が出入りしていた咸亨酒店(かんこうしゅてん)は、かつて紹興など江南地方に見られた立ち呑み屋だったのだろうか。
「魯鎮の酒場の構えは他所と違っていずれも皆、曲尺形の大櫃台を往来へ向けて据え、櫃台の内側には絶えず湯を沸かしておき、燗酒がすぐでも間に合うようになっている。仕事をする人達は正午の休みや夕方の手終いにいちいち四文銭を出しては茶碗酒を一杯買い、櫃台に靠たれて熱燗の立飲みをする。」(井上紅梅訳)
この描写を読むかぎり、少なくとも魯迅が見ていた江南の酒場には、「立って飲む」ことを前提とした風景が、日常の一部として確かに存在していたように思える。
それが日本では、江戸の下層町人の生活圏で育まれて以来、長らく生命力を保ち続けてきた。現在になっても、東京の中心部は高層ビル化が進み、数は減ったとはいえ、立ち呑み屋はいまなお、しぶとく存在感を放っている。
酒喰洲(人形町)、藤田酒店(神田)、銀座しまだ(銀座)、浅野日本酒店(浜松町)、秋田屋(大門)、富士屋本店(渋谷)、カドクラ(上野)……。
年末、東京駅の目の前に聳え立つ大規模複合商業施設・ミッドタウン八重洲に立ち寄った。そこで二階の「八重洲パブリック」を初めて「発見」した。
夜の街角で出会うような屋台風居酒屋がぎっしりと並び、台湾の店もある。その一角の「立ち喰い酒場 金獅子」は、立ち飲み屋の要素をほぼすべて備えていた。
立ち「呑み」ではなく立ち「喰い」酒場と名乗るのは、料理にも力を入れ、一筋縄ではいかない飲み客の食欲を満たす自信もあるからだという。
昭和感を前面に演出したカウンター。赤提灯、天井から吊るされた急須、所狭しと貼られた短冊メニューと地酒の札。その間に、「閉店まであと70日」という貼り紙が目に入った。
大阪の有名店が二年限定で出店しており、一年の契約延長はできたものの、これ以上は居られないらしい。次の場所を探している、と店長は話した。
さて、どこへ引っ越すのだろう。3月に入ったら、ほろ酔いの街角で探してみるとしよう(笑)。
【閑話】ミッドタウン八重洲には城東小学校が入っている。――なるほど、じょうとう、上等。
中文
撇開歐美系飯店內的 standing bar 不談,如今在中國,傳統意義上的立飲酒館,恐怕已經消失殆盡了吧。
那麼,在魯迅的短篇小說《孔乙己》中,孔乙己經常出入的咸亨酒店,是否曾是過去紹興等江南地區常見的立飲酒館呢?
「魯鎮的酒店的格局,是和別處不同的:都是當街一個曲尺形的大櫃檯,櫃裡面預備著熱水,可以隨時溫酒。做工的人,傍午傍晚散了工,每每花四文銅錢,買一碗酒,——這是二十多年前的事,現在每碗要漲到十文,——靠櫃外站著,熱熱地喝了休息。」
從這段描寫來看,至少在魯迅所處的江南,在酒館「站著喝酒」,確實曾是日常生活中的一種情景。
而在日本,這種飲酒形式於江戶時代在下層町人生活圈中形成以來,長久地保持著旺盛的生命力。即使到了今天,東京市中心高樓大廈鱗次櫛比,立飲酒館的數量雖然減少,卻依舊頑強地展現著存在感。
酒喰洲(人形町)、藤田酒店(神田)、銀座しまだ(銀座)、淺野日本酒店(濱松町)、秋田屋(大門)、富士屋(澀谷)、カドクラ(上野)……。
年末時,我順道去了矗立在東京車站正前方的大型複合商業設施——東京中城八重洲。在那裡,我第一次「發現」了二樓的「八重洲公共區」。
數間彷彿夜晚在街角也會遇見的居酒屋,其中也有台灣風格的小喫店。角落裡的「立喫酒場 金獅子」,幾乎具備了立飲酒館的所有要素。
之所以自稱立「喫」而非立「飲」酒場,是因為他們在料理上也下了功夫,自信又能滿足酒客挑剔的食慾。
刻意營造昭和氛圍的吧檯,紅色燈籠、從天花板垂掛的急須(茶壺)、貼得滿滿的短冊菜單與地酒標籤。而在其中,一張寫著「距離閉店還有70天」的告示映入眼簾。
這是一家來自大阪的知名店鋪,原本合同限定兩年,經協商曾延長過一年,但似乎已無法再延長了。店長說,他正在尋找下一個落腳處。
那麼,金獅子究竟會搬到哪裡去呢?等到三月,不妨微醺後在街頭巷尾找找看吧!(笑)