今日は午後5時から小6の1人が授業に、6時から中3の1人が自習に、7時半から中1の1人が自習に来ました。

 

みんなよく勉強していました。

 

ちょっと間が空きましたが、27日の続き

 

1.大事にしているものは何か
2.勉強とは何か
3.受験に向けての意気込みや位置づけ
4.親が子に教えることは何か

 

4.親が子に教えることは何か

親が子に教えること、それは「人としての基本」だと思っています。

 

つまり、あいさつなどの礼儀や感謝の気持ち、正直であれということ、相手の話をしっかり聞く・ものをじっくり見る・はっきりした声で伝えるといった基本動作など、人として当たり前のことです。

 

「ちゃんと躾けています」という方もおられるでしょうが、不十分だと思います。

 

「1度教えたら終わり」ではなく、事あるごとに何度も教える必要があります。

 

ところが最近は、受験だからと言ってこういう「人としての基本」はほどほどにして、具体的な勉強に介入しがちです。

 

もちろん塾に通うことなく受験というのであれば、具体的な勉強にかかわるのもわかります。

 

しかし塾に通わせるのであれば、具体的な勉強は塾に任せれば良いと思います。

 

それよりも、日常生活を子供とともに送りながら、「人としての基本」を徹底的に教えるべきです。

 

なぜなら、「人としての基本」は、受験にとどまらず、子供が社会に出て問題なく生きていくために必要なことだからです。

 

そしてそれを教えることができるのは、本来、親だけだからです。

 

それなのに、やれ算数の図形が…とか、国語の文章題が…とか、相談内容が細かすぎて驚かされることがあります。

 

親がすべきことは、我が子に対して「人としての基本」を教えつつ、我が子の将来を考えてそこから逆算して、進みやすいレールを敷いてやることだと思います。

 

あとは、具体的な勉強にむやみにタッチすることなく、我が子がレール上をスムーズに進むように努力することでしょう。

 

中学受験の場合、保護者が我が子が低学年のうちに最低限の「人としての基本」を身につけさせ、レールを用意しておけば、たいていうまくいきます。

 

逆に言えば、受験だからと具体的な勉強に介入し、おかしな日常生活(例えば会話もない食事、新聞やニュースも見ない、勉強時間の邪魔になるからと一緒に買い物に行ったりすることもないといった生活)を送ると、かえってうまくいきません。

 

親が子に対して教えることについてはこのように考え、最近の親は私が言っているようなことを徹底していないと危惧するからこそ、低学年の指導を始めるというわけです。