今日は午前9時から小6の1人と中2の1人が授業に、午後2時から小4の1人が自習に、4時から小6の1人と小3の1人と中2の1人が自習に来ました。

小6の1人は1週間の予定から1日分を考えてしていました。

小4の1人は日々の学習(計算、漢字、文章題、読書)をしていました。

小3の1人は日々の学習(計算、漢字、文章題、パズル)をしていました。

小6の1人は日々の学習(計算、漢字、算数、理科、社会)をしていました。

中2の2人は定期試験勉強をしていました。

各自提出物があったので添削して返却、直しもしていました。

生徒の1人がなかなか宿題をしてくれないので話し合いました。

で、決まった結果が「1週間、目一杯やって、できた勉強量から今後の宿題の量を割り出す」というもの。

それで決まった宿題をやり続け、万が一不合格になっても悔いは残らない、とのことでした。

正直なところ、「それで悔いが残らないんや」と思いました。

これまでもそうですが、こちらは合格に必要な勉強量を示してきたわけです。

さらに、それがこなせないから、原因を探し、どうすればこなせるようになるかも示してきました。

しかしそれを守ろうともしないのです。

普通、指示した宿題を仕上げるために、少々無理をしてでも頑張るのではないでしょうか。

それを、自分のできる範囲に宿題の量を調節しろ(減らせ)というわけです。

合格の可能性を下げてでも、「私は無理をしない!」と言っているわけです。

その程度の意気込みの人が、受験なんて乗り切れるのでしょうか。

また、生徒が宿題が仕上がりそうになく、夜遅くまで勉強しようとすると、「早く寝なさい!」と注意する保護者もいるそうです。

それって、「宿題なんてどうでもいいから、早く寝なさい!」と言っているわけでしょ?

そんな保護者に育てられた子供が「宿題は締切日までに仕上げる」という当たり前のことを身につけることができるのでしょうか。

一生懸命勉強した結果、宿題が仕上がらなかったならまだしも、宿題が間際になっても仕上がらない原因を子供自身が「前半にサボったから」と認めているのです。

「なんでサボったの?さっさと仕上げなさい!」と注意するならわかります。

それを、理由も聞かず(理由を聞いてならもっとひどいと思いますが)「早く寝なさい」というのは、いかがなものでしょう。

こんなことが許されれば、子供は「サボりにサボりまくって、最終日にちょっと遅くまで宿題をしていれば、親が『早く寝ろ』と言ってきて、宿題を全部仕上げずに終えることができる」と味を占めるでしょう。

成績の上がらない原因を、身内が作るのですから、こっちとすればたまったもんじゃありません。