夜遅くまで、定期的に膝をついて祈りを繰り返しました。
この日の夜の食事は、家族全員揃って肉料理の無い食事でした。(佛教なので)
すごいたくさんのお菜があり、肉に見える料理もありましたが全てベジタリアンとの事でした。

お婆ちゃんが、寿命で自然に亡くなったので今回みんな座って食事を取りました。が、
もし不意に亡くなったとか、事故の場合、
家族みんな立っての食事になるとの事でした。
みんな落ち着いて、家族みんなが近況を話し合い良い雰囲気でした。
ちなみに、私はタピオカミルクティが大大大好物で、妹からも着いて早々もらい、お父さんからも、お母さんからも、叔母さんからも、それぞれタピオカミルクティをもらうというハプニング笑
主人は最後までお婆ちゃんのそばに居たくて、22:30まで居ました。

帰り際、それぞれがバイバイとか、さよならと言ってはいけないので、親戚達と会釈をしてこの日はお別れしました。

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入国審査を終え、荷物もスムーズに出て来て、ワイハイを手配し、妹とその彼氏が迎えに来てくれていました。ありがとうおねがい
忘れてた事が1つ。高雄に着いて、旦那から渡されたものは。市販の妊娠テストですびっくり
台湾では昔から妊婦は出席しない方向というのが根強く残っているそうな。。。子供と妊婦さんが連れて行かれるらしい滝汗 全家族からするように言われたそうで、大丈夫でした。

高速に乗って主人のお婆ちゃん家までは約35分。
あっという間に着き、喪服体制の全身黒の私服。
でも、お婆ちゃんの子供や嫁に当たるお父さんやお母さん達は白い服を着ていました。
家族みんな憔悴していました。
着いてすぐ、玄関入る手前でひざを立て、膝だけで進みます。ここからこの体勢が多くなるガーン
ひざを立てたまま、お婆ちゃんの眠る横の祭壇で祈る。①で話した、死者と会話する三日月が出て来て、私たち夫婦が着いた事を叔父さんが話しました。私がリクエストした、私の事がわかるか?という問いに、YESが返ってきました。
この時、主人は心に決めていたので、泣きませんでしたが。私は着いてからずっと泣き止む事が出来ませんでした。最終、膝がプルプルチーンほんの15分ほどのことだけど。。。でもプルプル。
膝が痛くて泣いてたんじゃないですよ
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ご無沙汰していました。
お婆ちゃんのお葬式が終わり、日本に帰って来ています。ハードスケジュールで、疲れが。。ニヤニヤ
もはや麻痺状態で、日々を過ごしているような。
お葬式。ぜんぜん違いましたキョロキョロ
おうちによってもそれぞれ違うようですが。。
うちは佛教です。
まず、七日間、自宅に冷蔵完備の棺桶を置き、その後、火葬(家によって土葬もあるそうな)です。
帰国当日、朝6時に家を出て飛行機が高雄についてからまずダッシュで動いても荷物取らないとダメだし、あと入国審査。この日、どこかの国からすごい団体が来てて。。。後にそれは、台南で行われた国際児童野球大会の選抜メンバーとその応援団だったとわかりました。。

まず入国審査。並んでたらきりがないがな!!!というくらいすごい列でした。外国人列も、台湾人列も。
早く帰らないといけない理由は一つありました。
台湾では、亡くなった人と簡単な話をする道具があり、木製の立体三日月の形をした同じもの2つを床に落として、YES or NO or 無言という判断で死者と会話をします。。
その会話で。。実は7日目の朝に死者を無事天国に送り届ける為の儀式で、紙でできたお金(本物じゃない)を燃やさないといけない時間が決まってるのですが。家族が燃やしますと言うと、NOが帰ってくるのです。なぜか? 
家族が、私たち夫婦を待っているのか?と聞くと、YESが帰ってくるのです。
なんども100発100中で答えが帰ってきたとの事で、不思議で仕方ないですが滝汗
一刻も早く帰らなあかん!というプレッシャーは旦那から聞かされ感じました。

入国審査待ってたらきりがないから、旦那が1番右外れにあるカウンターにふらりと言いに言ったら。。
なんとびっくりびっくり
先頭に並んでる人に税関職員が一言言い、ファーストクラス並みの早さで私たち夫婦は無茶割りでしたが、一瞬で入国審査を終えたのでした。
何というか。。絶対にここは譲らないといけないとして、人情で対応してくれる国なのだと改めて感動した日でした。
  
次に続き書きます。


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