熱海芳弘『双極性障害と闘う 患者として 新聞記者として』(無明舎出版刊  1600円+税)

 

 

ひとりの重症な患者の闘病記。この本を読む読者としての私の課題。

同じジャーナリストとして、患者である元新聞記者の闘いの軌跡を追いかけてみる。

 

現役の大手新聞の記者が、精神疾患で倒れた。やがて、知らされた病名は、「双極性障害」(以前は、「躁鬱病」と呼ばれた)という一般には、まだまだ、馴染みのない名前だった。きっかけは、町役場の女性職員の横領事件を特ダネとして記事にしたことだった。後に、その職員から名誉毀損で訴えられ、2年後、記者は自ら証人として法廷に呼び出され、「記者の取材活動」を「虚偽」と決めつける相手側の代理人(弁護士)と闘った。出廷を含めて、その時の対応が、精神的な極度のストレスとなって、記者を襲い、「躁」状態になって、相手の代理人をやり込めるとともに、自身の気分のアクセルを「過度に」入れたような状態となってしまった。24年前のことだ。「双極性障害」。躁鬱状態を繰り返し、なかなか安定しない、という厄介な病気である。

 

記者だった著者は、その後長く、通常の安定した気分に戻らなくなってしまったのである。躁と鬱の気分の波に翻弄され、休職、入退院を繰り返し、11年後には、新聞社を退社せざるを得なくなってしまう。「双極性障害」では、「躁」状態の後には、「鬱」状態が襲って来る。

 

「躁」では、気が大きくなり、浪費したり、多額の投資をしたり、注意力に欠けて集中力がなくなったり、それでいて、相手を見下したりして、対人関係にトラブルを引き起こしたり、その挙げ句、失職する患者も多い。「鬱」では、「躁」状態の時の過度な言動を恥じて、落ち込んでしまう。イライラする、疲労感が取れない、眠れない、日常の生活活動の昼夜が逆転したりする。まともな就労が出来なくなったりする。極端な場合には、自殺したりする患者もいる。

 

ただし、著者は、新聞記者であった。患者となり一方的に病気に翻弄されてはいない。「双極性障害」という病気を相手に取材活動をし始めたのだ。その体験記が、「双極性障害と闘う 患者として、新聞記者として」という本に結実した。新聞記者が精神科病院に短期間、「偽装入院」してルポ記事を書くという前例はあったが、それはあくまでも「偽装」での取材だった。著者は、入院させられた真の患者の立場で精神病院の現状と問題点を取材して本書をまとめた。入退院を繰り返す中で、不幸にも「離婚」も体験させられた。苦渋に満ちた体験を記者は、「これは記事にしなければならない」という使命感に燃えて取材し続けた。闘病記は、体験ルポでもあった。開放病棟、閉鎖病棟、独房のような保護室にも入れられた。病院内で生活するほかの患者たちの様子もしっかり観察した。精神科病院の「闇」にも目を凝らした。

 

病気と闘いながら、著者は、復職をし、職場に戻った。しかし、なかなか上手く行かない。病気を理解しない職場の上司や同僚から心ない言葉も投げかけられる。新聞社に限らず、職場としてのマスコミは、極めて前近代的な職場である。非情な異動で、職場も変えられ、病気が悪化したこともあった。精神疾患になった記者は、健常者時代には自身も気がつかなかった新聞社の体質に目を向け始める。健常な記者には見ることが出来ない光景を新聞社の中に見つけ出す。自分と同じように、精神疾患に見舞われ自殺した同期の記者に思いを馳せる。「まじめで、誠実、几帳面な」優秀な記者だったという。しかし、鬱病になってしまい、記者会見の場では、取材対象者には背を向けて、後ろ向きでメモを取っていたという。相手の顔を見ることが出来ない「対人恐怖症」に陥っていたのではないかと著者は、同期の記者の症状を類推する。新聞社の上司や同僚は、これに気づかず、あるいは、気づいても放置していた。その挙げ句、同期の記者は、電車に飛び込んで自殺をしてしまったという。病気を通じて著者が見いだした新聞社の体質は、極めて古いものであった。

 

著者は、8年ほど前から「寛解」状態になっているという。「双極性障害」は、完治しない病気だと言われている。「気分安定薬」などの服薬治療を軸に「精神療法」(認知行動療法、対人関係・社会リズム療法など)を加味して、気分を安定させて、「寛解」状態(気分の安定感を保てるが、治ったわけではない)に持ち込み、就労を始めとする社会復帰(健常者同様の生活をする)を実現させている人たちも増えてきた。著者は、いまも、小さな気分の不安定と闘いながら、「双極性障害」の患者や家族のために作られた団体の役員として活動を続けている。この本の刊行は、著者に取って、本格的な「カミングアウト」(病気の告白行為)となったし、何より自分の病気と人生を改めて総括する(「ライフチャート」づくりという)ことができた。自分流の再発防止策も本書の中で提案している。こういうことを含めて、記者という「病」(生まれ変わっても記者になりたい)が駆り立てたであろう本書の執筆意欲と活動は、著者に取って極めて高度の認知行動療法的な効果があっただろうと思われる。

 

双極性障害を「寛解」状態に押し込めた結果、患者として、元記者として、見えて来たものは、抑圧的な方向に傾斜する現代社会の実状ではなかったか。だとすれば、本書で患者のために著者が提言していることは、患者に限らず、社会の抑圧化と日々闘いながら、生き抜かなければならない「患者予備軍」ともいうべき、ほかの健常者にとっても「患者にならない」ために多いに参考になる提言があちこちに籠められているといえるだろう。

 

大原雄(ジャーナリスト。元NHK記者、元日本ペンクラブ理事)