自伝によれば、1973年夏、破産したペン・セントラル鉄道が、この跡地を売りに出していることを知った27歳のトランプは、土地の処分を請け負っている会社に電話を入れ、果敢な行動力によって跡地購入の話がトントン拍子に進展したと自画自賛している。
こうした武勇伝を語りながら、トランプは「最もシンプルなやり方がもっとも効果的なことが多い」「何かを買いたい時、それは大して価値がないと売り手に思わせることが肝要だ」といった取引の「極意」をとくとくと述べる..
ニューヨーク市長のエイブラハム・ビームと父フレッドは民主党クラブのメンバーであり、顔見知りだった。父がいてはじめて、息子のトランプは立ち回ることができた。
市長は「フレッドとドナルドは私の親しい友人だ。この二人は欲しいものは何だって手に入れることができる」と言った。父はニューヨーク市と太いパイプを持っていた。
市長によれば、息子ドナルドを全力で支えるのだという父フレッドの気持ちがひしひし伝わってきっと述べている。トランプはいわゆる親の七光。
それなのに、トランプは、全て自分ひとりで仕事をこなしたかのような宣伝を繰り返している。
その原因はこう表現したい。
息子に新聞配達をさせながら、雨の日は運転手付きのキャデラックで新聞を配らせたような一例だ。フレッドは息子に対して、厳しいようで甘い「親バカ」だったと言える。