東京新聞論説副主幹の長谷川幸洋氏の同名の本を読み返してみました。
昨年の東京五輪決定の大ニュースの翌日は新聞休刊日。
だが、私たちに不都合があったのだろうか?
それでも新聞は必要なのか?
ズシリと重いテーマを投げかけられた。
私自身の考えであるが、ネットで押されている新聞が生き残る余地はひとつある。「調査報道」だ。だいたいの記者は記者ブラブで仕事もするが、ありあまる昼の時間を昼寝をするケースが多い。
別にそれは今に始まったことではないので、敢えて触れない。「調査報道」は毎日新聞大阪本社特別報道部が、初めて本格的に組織だてで行った。続いて朝日新聞も追随した。読売はというと、「医療部」を設置。日本新聞協会賞も受賞した「医療ルネサンス」を柱にしている。
しかし、朝日の一連の「慰安婦誤報」であるが、毎日新聞の同期の女性記者が、朝日に追随する形でやってのけた。元々が記者採用ではなかったため、十分な訓練が少なかったことも考えられる。
まとめになるが、新聞やテレビをうのみにするな、という方がいるが、私はそれは正論だと思っている。だが、人間というものは、いつも自分の考えや意見が正しいと思うと、かなりまずいことになる。人の話を聞けない人は、特にそうだろう。
政治の分野で、批評するのは間違ってはいないが、あまり生産的な行為にならないことの方が多い。政治と宗教の話は、いつの世もタブーと言える。