タイトルで引かれ、書店で思わず買ってしまった。
著書は、山村基毅さんというルポライターだ。
私は活字には舌がこえているので、文章はうまくない、と思った。
「老老介護」という言葉が最近、聞かれるようになったが、それもあって、この本を手にしたわけである。晩婚化、生涯独身派などが急増しているが、それは、やがては深刻な少子化を生む。
そういう危機感は国民一人ひとりに浸透しているかどうか知らないが、お気楽に、独身生活を楽しむ若者、中年予備軍は屈託がない。ところが、そこへ、土石流のように、親の介護を自分がみるしかないとしたら?
著者は、そういう視点からこの問題に向き合った。
他に家庭をもつ兄弟はあてにならず、自然の流れで、「何でも一人で」問題をしょいこんでしまうのだ。孤立と無理解の中でもがく日々に、自身、介護問題に直面している著者の渾身のルポである。
日本の雇用形態にも起因するのだが、一度、離職するとなかなか社会復帰は難しい。介護に関わると、多かれ少なかれ、こうした問題にぶち当たる。仮に就職していても、仕事との両立は本当に大変だ。
帰宅すると、すぐ、おむつ交換。食事の準備。入浴とあわただしい。男手ひとつの例も多いのだが、これはきついだろう。兼業主夫兼ホームヘルパーなのだから。
追い打ちをかけるのが「認知症」だ。少しづつ記憶が薄れてゆく親に、戸惑いを感じつつも、「このままでは親を殺しかねない」と、思い詰める介護者もたくさんいるのである。
「介護」の周りには、なぜ、「独身者」が多いのか。プロの介護者にも独身者が多いことだけでも、その原因は同じ。つまり、介護という行為が、経済の生産性を高めるに至っていない、ように見受けられる。
簡単な話。介護者の給料は安いし、そうでない介護者も高額所得者はあまりいるとはいえないからなのだろう。こうしたことに政府がよりスポットライトを当ててはいない。それこそが問題の核心だ。
日本は「在宅」での介護が主流だが、施設がそれに追いつかない急場しのぎといってもよい形態にあるのだろう。
全体を通しての読後感であるが、取材が薄い。肉薄するまでの人間関係を縮める覚悟が欲しかった。いろいろな人に取材をしすぎた嫌いもある。だが、これから老後のことを考える人にとって、問題提起にはなる一冊であった。