『双極性障害と闘う』
このタイトルに私は目をひかれました。
お恥ずかしながら、私は「双極性障害」という言葉を知りませんでした。
そのためか、このタイトルを見て新鮮というか、斬新というか、何か目新しい印象を持ったわけです。
中身を読んでみると、双極性障害というのは、昔の言葉で言うと「躁うつ病」にあたるものであり、「うつ病」とは違うものであるということでした。
これが発病すると、寛解することはあっても完治することはなく、タイトルのとおり、闘っていかなければならないということです。
その発生機序はいまだ医学的にも完全には解明されていないようですが、著者の場合は裁判を経験したことが引き金となったと書かれています。
詳細は本書に譲りますが、著者が若手新聞記者の時代にしたためた記事が対象者の名誉を毀損したとして新聞社が提訴され、著者も法廷に立ったということです。
この裁判そのもののストレスに加えて、会社内の同僚や上司による揶揄によって多大なストレスにさらされたようです。
このくだりを読み、弁護士である私は身につまされる想いがしました。 著者が経験した訴訟は、本書の内容を前提とする限り、いわれのない訴えだと言っても過言ではないものです。
現に、著者の所属する新聞社側が勝訴したそうです。
「主張があるなら裁判をして、公平に裁いてもらえばいい」
これが、弁護士をはじめとする法律関係者の間での常識です。
しかし、この裁判が著者の人生を狂わせました。しかも、訴えた側も負けたわけですので、目的は果たせていないわけです。誰も幸せになっていません。
「大半の裁判は、誰をも幸せにしない」
私は大半の法律関係者の常識に反して、常々このようなことを言っています。
著者が経験した裁判は、まさに誰をも幸せにしないものだったことでしょう。
どうして人はこんなに争うのか……
心が痛みますが、裁判を起こされた以上は応戦しなければ負けというのがルールでもあります。
著者は、その後もさまざまな経験を経て、病気を闘っていきます。
本書は、その闘病記ともいえるものです。
闘病においても著者は、持ち前の強さを発揮しているようです。酒・タバコもきっっぱり辞めたそうです(私には到底、真似できません)。
本書の目的は、「双極性障害」、さらには精神疾患全体について世の中に周知し、差別や偏見を払拭したい、というところにあるようです。
そうであるならば、闘病記にとどまらず、闘病を通じて著者が学んだ人生訓なども読んでみたいです。共感する人は多いはずです。
そういう形での「続編」を読みたいという気持ちにさせる一冊です。