私は、主に事件、事故、災害を扱う新聞記者だったため、政治家との接点は、だいたいが選挙の取材時だった。
だが、名古屋からを経由し、東京本社地方部特報班勤務時、特集面を頻繁にまかされ、大臣クラスの政治家によくインタビューしていた。
あえて、名前はあげないが、軽量級の大臣が多い印象を持った。果たして、新聞をちゃんと読んでいるのか疑問を持つ方も中にはいた。
前座はこの程度で、本題。
小ブログで2月に取り上げた故岩見隆夫・毎日新聞記者。我々の年代の毎日記者は、一回り以上、年下なので、普通に4階の編集局、岩見さんは5階の役員室。だから、接点はあまりなかった。時折、政治部へ何やら小言を言っていたのを何回か目撃した程度だ。
その岩見さんの記事で、個人的に一番、印象が強いのは、歴代の総理の資質を追及したもの。著名コラム「近聞遠見」への掲載で、政治記者一筋を貫いたからこそ書けた記事だ。
結論から言う。岩見さんは歴代自民党が輩出してきた総理を「情のある政治」と珍しくほめていた。だが、それは、小泉純一郎元総理で終わったと、断言している。
確かに、あのころは、「小泉構造改革」で徹底した規制緩和が進み、失われた20年とも呼ばれたバブル崩壊後にカツを入れた印象をメディアが醸成した。彼はテレビ映りを徹底的に重視し、ほぼ毎日、初のぶらさがり取材に応じた。
と言いたいところだが、いろいろ後輩の話を聞くと、そうではなかったらしい。彼はメディアにサービスをしたわけではなく、自らが映像メディアへ露出することで政策をPRしようとしただけ、という。
「小泉劇場」と揶揄もされた。結局は目立ちたがり屋の延長線上で持論を政策にまとめたわけで、よくよく考えてみて、あの当時の高内閣支持率はメディアがうまく乗ってしまったと言えるのではないだろうか。
個人的には、小泉氏の構造改革で、非正規雇用が拡大し、福祉予算の実質切り捨てが進んだと思っている。改革の本丸の郵政民営化は確かに実現したが、それによって、JR、NTTなどの民営化による経済効果があったと言えば、そうだとは言い切れない。
以上、述べたように、小泉氏以降、民主党の与党時を除くと、「情の政治」は確かに陰を薄めている。「情の政治」とは、財界や霞が関との関係をキープしながらも、国民本位、言いかえれば、格差を極力をなくす政策を進めることだ、と私は理解している。
その果ては特に都市部で経済格差が年収にして倍以上の差が生まれていることだ。これでは、所得の少ない若者は結婚すらできず、結局は少子高齢化を進めたことになる。
小泉氏は総理の器であったか、なかったか。ここまで書いたのだから、あとは、各自の判断におまかせする。