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その時のメインテーマは、麻原彰晃の妻の逮捕の動向でした。現地では、だいたい、午後6時前ぐらいに、捜査員が引き上げていったのですが、その日も同様でした。
ですが、何となく、胸騒ぎがしました。どう説明したらいいのか分かりませんが、「記者の感」です。後輩たりは、「早く夕食にしましょう」と言ってきかなかったのですが、「もう少し待て」と指示を出しました。
案の上、約二時間後、警視庁の捜査員、約20人が、同教本部(第5サティアン)に終結。一時間後、麻原彰晃の妻が逮捕されました。写真部記者も、何とか水準以上の写真が撮れました。
もし、これが「特オチ」であれば、私は文句なく、地方へとばされていたでしょう。そう考えると、何とか、重責を果たせたわけです。私が担当した事件の中では、これが文句なく一番注目されたものであることは間違いなく、振り返ってみても、やはり新聞記者というものは、「歴史の生き証人」だと思います。
この年、1995年1月には、阪神大震災がありました。私も羽田から関空、チャーターボートで、神戸へ行き、取材を重ねました。本当にこの年というものは、多忙を極めました。が、良い、取材経験となりました。今につながっています。