東京・渋谷のNHKで、仕事の合い間をぬって、インタビューに応じていただいた。


以下、抜粋する。


ゴリラの物まねが絶品。だが、「これは笑うに笑えない芸。


人知れず悩み苦しんだ抜け殻みたいなもの」と切り出す。


出身地の福島県郡山市から芸能界入りを目指して上京した高校一年の時、


学校をさぼって上野動物園で覚えた。


欠席の理由は標準語の壁。当時、まじめに話せば話すほど、悪循環に陥ったという。


「孤独感を癒すのがゴリラとのにらめっこでした」


わけあって五歳の時におばの元へ養子に出された。


「本当の親でないと分かってましたから、いつもどこか屈折した気持ちを持ってました」


が、父は毎週、映画館に連れていってくれた。


それがこうじて、俳優を目指すことになった。


最初は劇団で舞台の仕事に当たったが、


ほどなくして、テレビ番組の仕事が舞い込んだ。


そして、母に電話した。すると「よかったよかったと母が泣いてましてね、


私自身も何の親孝行もできなかったので、余計、ジーンときました」


顔にはうっすら涙がにじんだ。


東日本大震災で被災地になった西田さんの故郷・福島県。


何度も足を運び、チャリティーコンサートを開くなど、


故郷への思いは熱い。


私の著名人のインタビューの回数は、相当数に上る。


現役記者時代は「有名人病」と冷やかされたこともあった。


新聞社がバックにあるから、著名人と会えるというのは、まず、無理。


企業秘密に当たるので言えないが、それ相応の人にインタビューするには、


頭脳プレーが要求される。