1954年9月、アメリカの水爆実験による「死の灰」を浴びて亡くなった、
久保山愛吉さんは次のような言葉を残した。
「原水爆の被疑者はわたしを最後にしてほしい」
東京・江東区の第五福竜丸展示館にこう刻まれている。
「第5福竜丸」は世界的にも価値ある核兵器の恐ろしさを伝える、
歴史的な遺産となった。
佐藤栄作元総理は非核三原則を打ち出したが、
一部報道にもあるように、常時、米軍が我が国に恒常的に、
核を持ち込んでいるとの指摘も何度もあった。
いうなれば、米国からみると、自分たちの国が犠牲になろうとも日本を守るーー。
こういう気概が果たしてあるのだろうか?