中学三年の時、マスさんが知人の浪曲師に全財産をだましとられた。一家は離散し、母親と岩手県一関市に身を置いた後、仙台市のカトリック系養護施設に預けられた。敬虔な外国人神父らに見守られ、

窮屈さを感じながらも十時消灯、6時起床の生活を送った。

「悪いことをすると、神父さんは黙って指導に落ち度があったと自分を責める。驚き、かえってこたえました」

と顧みる。

施設から仙台一校に通い、勉強に励んだが、成績は中ぐらい止まり。開き直って午前中から映画館に通い、

教室には行かずに新聞部の部室で原稿を書いた。部の先輩の俳優・菅原文太さんが、

紫煙をくゆらす姿にしびれさせられた。

名文と思って原稿を渡すと、破られたりもした。

ちなみに菅原文太さんは、ableの父親と縁があったそうです。

そして、文太さんはableの大学の先輩にあたります。

成績順に並べる机の位置がおかしいと学校側を批判する記事や、菅原さんに命令され、

仙台二校に負けた野球の試合を勝ったものとして観戦記を書き、騒ぎを起こしたりもした。