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『昭和23年に生まれて』のブログ

堺屋太一の名づけた『団塊の世代』のど真ん中、昭和23年生まれ。
自分の人生を振り返りながら、気の向くままの思い出話。

百田尚樹氏と渡部昇一氏の対談本。

タイトルもそうだが、対談した両氏のことだから、超保守的なというか、日本の伝統的な思想や国家感に関する内容と察して読み始める。

 

副題は、「美しさに潜む『失敗の本質』」とある。

 

百田氏の書き出しでは、テ-マは、「日本人とは何か」、太平洋戦争から見える「国民性」とある。

 

・戦争は国と国民の持つ長所と短所が露骨に現れる。何故なら、国が総力を挙げて戦うから。

 

・日本刀は実に美しいが、モロイという。名刀といわれる刀は実際に使われることはなかったそうだ。何故なら、実際に使うと刃こぼれをしてしまうのだそうだ。だから、名刀を作れる刀鍛冶は超職人なんだそうだ。

一方、ゼロ戦の機体と言い、翼と言い実に見事な流線型だが、これを作り出すには超職人が要求されたと。

 

・ゼロ戦はよく言われることだが、当時世界一の性能の戦闘機だった。最高速力は500キロ、航続距離は3000キロ。この性能を実現する技術は、軽量化と翼の中の燃料タンクだった。

が、これが持つ弱点は、製造に大変な時間と技術を必要としたので、

熟練工が必要であり、大量生産はできないこと。

また、パイロットを守る防弾機能などが省かれていた。

翼の中の燃料タンクは、翼が被弾すると一発炎上になってしまう。

 

この本では触れていないが、別の本で読んだことがあるが、幾ら米国といえども、パイロットや航空機を迎え撃つ射撃手の育成は簡単ではない。そこで米国が編み出したのは、金属に反応して炸裂する雷管だったらしい。これなら航空機に当たらなくても近くで炸裂するから、戦闘と言う局面での効果は期待できる訳だ。

 

こういうことの背景は何かと言うと、

「資源のない国が人を大事にしない、モノを大事にしても」と指摘している。

また、持ち上がった問題、課題を精神論で片づけるだけで、パイロットをどう守るかというシステムが存在しない。

パイロットは日米とも必死で戦うが、日本軍は同じパイロットが何度も出撃する。米軍はロ-テ-ションして後方勤務に就かせて休養させた。

また、海上に不時着したパイロットを潜水艦、飛行艇が救助するレスキュウ体制があった。日本軍には、そんなシステムはないから「撃墜

⁼死」だった。

 

結局、戦争の勝敗を分けたものは、

陸士、海士のペイパ-テストの秀才は、現場では役に立たない。

年次を超えては登用しない人事の失敗。

官僚より民間企業のプロをトップにして官僚を使いこなすことが日本にはできない。アメリカはできる。

(平時でもこれは言えるね)

きちんと結果責任を取らせることで、組織に良い意味での「緊張感」を生む。

 

この本を読んでの思いは、最近の政財界を含め、世の中の傾向は戦前、戦中に似ていないか?

戦後70年の時間の流れは、「日本人」の短所である「国民性」が頭をもたげているのかもしれない。

 

渡部氏によれば、戦後のGHQによる占領政策が見事に成功したからで、日本人に「自虐性」を持たせ、戦前のすべての体制を否定することが問題だそうだ。

その解決には、現行憲法の破棄と新憲法の制定しかないと主張している。

現憲法は、国の最高法ではなく、GHQが占領政策を遂行するための「占領基本法」と言うべきものだからだそうだ。

 

その顕著な部分は、前文の

 

「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われわれの安全と生存を保持しようと決意した。」

 

英語では、

 

" We,the Japanese people, desire peace for all time and are deeply conscious of the high ideals controlling human relationship, and we have determined to preserve our security and existence, trusting in the justice and faith of the peace-loving people of the world."

 

問題は、日本国民が自分たちの安全と生存の保持を決意した前提条件である、「平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して」ではないだろうか?