バンコクでアイス・スケート | 『昭和23年に生まれて』のブログ

『昭和23年に生まれて』のブログ

堺屋太一の名づけた『団塊の世代』のど真ん中、昭和23年生まれ。
自分の人生を振り返りながら、気の向くままの思い出話。

タイのナワナコン工業団地に工場の生産支援で何度かバンコクへ出張した。


作っていたのは社会インフラの一つである公衆通信ネットワークに使われる大型通信装置。


日本ならNTT、KDDI向けに相当する。


従って、工場分野の人だけではなく、結構、通信システムの技術部門の人たちとの交流も多かった。


マレーシア出向時代に、知り合った技術の課長がタイの担当となり、よく一緒に出張した。


海外事業の仕事が長く、若い時にはブラジルに出向した経験があるらしかった。


普通、海外事業に長く携わっている人たちの共通点は、昼のゴルフと夜のカラオケ。


彼は違った人種かと思わせる人だった。


ゴルフはやらない。


カラオケは付き合うが、飲む場所であって、歌う場所ではない。


むしろ、ホテルのバーが好み。


仕事の関係で、土日をバンコクで過ごすことになった。


昼間何をして過ごすのかと思ったら、「スケート」だという。


ローラスケートかと思ったら、れっきとしたアイス・スケートだという。


彼の話だと、バンコクの伊勢丹デパートの上の階にスケートリンクがあるとのこと。


そこで滑るのだそうだ。


嬉しそうに、日本から持ってきたスケート・シューズを見せてくれた。


出身が東北地方なので、スケートはお手のモノのようだ。


スケート・リンクで滑る姿を見ることはなかったが、きっと現地のタイ人に教えているに違いないと思った。


まだ、そのアイスリンクはあるのだろうか?