藤沢宿は東海道の江戸日本橋から数えて6番目の宿場です。
慶長6年(1601年)に駅制が定められるにあたって藤沢宿として整備され成立しました。

江戸時代の藤沢宿は、天保14年(1843年)の「東海道宿村大概帳」に、宿内人口4,089人(男2,046人、女2,043人)で、総家数919軒、旅籠(はたご)45軒、大名や公用の旅客の宿泊施設である本陣が1軒、脇本陣が1軒と記されています。

ここふじさわ宿交流館は、旧東海道藤沢宿の歴史、文化等と触れ合い、地域の人及び当地を訪れる人の交流の推進を図ることで、市民の文化の振興に寄与し、旧東海道藤沢宿及びその周辺地域の活性化及びにぎわいの創出に資するための施設となっています。

箱根駅伝も応援しており、室内ではパブリックビューィングも行っていました。

藤沢七福神干支手拭いの2026年版をゲットしました。

今年も、空き家アドバイザー協議会神奈川県藤沢支部を盛り上げたいと思います。