■□□アービンジャー「箱」NEWS【Vol. 443 】 2017/1/8

 

■ 私をイライラさせるもの

 

それは、年末の『年越しそば』の準備の最中に起こった。

 

年末年始は、母が我が家へやって来て主人と私と3人でお正月を迎えることにしてい

る。

毎年、平和にお正月を過ごすことが出来ることに感謝しつつ、

“あと何度、こうして母と過ごすことができるだろう?”

と、想うたび有り難くも、切なくなる。

そして、今をちゃんと大切にしようと改めて思ったりする。

 

そんな気持ちで、1年を振り返り厄災を断ち切り、

新年も細く長く健康にという願いを込めて食す『年越しそば』

 

茹で上がった蕎麦を水で洗うために、母はシンクで準備をしている。

私は、アツアツの鍋を持って、いざ流水と共に蕎麦をザルへ流そう!

 

と、思いきや…

 

ボールに水をはり、母がザルを持ったまま待っている。

 

私「えっ?早く水を出してよ!」

母「えっ?水を出す?」

私「いいから、早く!そばが伸びる」

母「だから、ここに…」

 

何?なんで、ひと言で通じないの?

なぜ蛇口をひねってくれないの?

そもそも、なんでザルを手に持ってるわけ?

水流さないでどーすんの?

 

思いもよらない事態に、私の焦りはどんどん強くなる

 

私「何で(水を)出さないの?早くして!」

母「水って何?ここに…」

私「もう!いいから、よけてっ!」

母「…。」

 

イライラしながら蕎麦を洗い、汁の味を確かめ、ふと気づく。

 

んっ?何とも嫌な空気が流れている。明らかに雰囲気が悪い。

イライラがモヤモヤに変わる。

 

そもそも、なんでこんなにイラっとしたんだろう?

自分とは違う方法で蕎麦を洗おうとする母。

素早く洗いたいのに、思い通りに事が進まない現実に焦りが募る。

 

なぜそんなに焦るのか?

 

もたもたしていると蕎麦が伸びる。

年越し蕎麦を失敗するなんてありえない。

私は…、年越し蕎麦を上手に作れない人にはなりたくない!

 

そんなイライラを感情任せに母にぶつけている自分。

母が何をどうしようとしていたのかなんて考えもせず、

酷い態度をとっても、相手が母なら許されると思っていることに気づく。

それも、無意識に。

 

そんなとき、目にした友人の言葉

 

『イラっとしたときの原因。たいていは、対象の相手ではなく、

自分の中にある“こうあるべき”それに気づくと違うかもしれない。』

 

イライラすると、相手が私をイライラさせると思いがちだけれど、

本当は、相手にイライラしている私がいるということ。

 

イライラしてはいけないと、怒りをごまかすのではなく、

ちゃんとイライラに気づくと、自分の中にある“こうあるべき”が見えてくる。

そして、自分の本当の気持ちを知って、尊重することが出来るように、

間違えたときには「ごめんなさい」と、「ありがとう」を素直に伝えられる

人としての在り方を忘れずにいたいと思う年の始まりでした。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■ 編集後記

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

自分が無意識に取り入れている“こうあるべき”が、“そうではない”という

事態に直面すると箱に入る。そして、それは日常の些細なことの中に溢れている。

 

蕎麦の洗い方に始まり、ネギの切り方、盛り付け方

雑巾の絞り方、床の拭き方、雪かきの仕方…と、数えればキリがない。

年末年始は、家族と過ごす時間が長くなるだけに、自分と相手のちょっとした

“違い”に直面する機会が多くなる。

 

お正月迎える準備でケンカする

 

家族団欒、お互いに感謝しながら過ごしたくてわざわざ集まるのに、

イライラすることが増え、険悪な空気が流れ、感謝どころか、

相手のおかしなところばかりが気になるようになり、

「来年は、もう一緒に過ごすのをやめようか…」とまで思うようになる。

 

ほんとうは、誰とどんなお正月を過ごしたい?

 

そこに立ち返ることが出来れば、ケンカしても最後には笑って過ごすことが出来ます

ね。

笑門福来!今年も佳き年でありますように☆