地下鉄駅の出入り口。
日曜日であるため、家族連れも多いお昼前。
改札へ向かうには、
地上から幅の狭い階段を下りなければならない。
ちょうど、階段にさしかかろうとしたとき、
女の子の手を引いたおばあさんが右側からやってきた。
階段を見つけ、おばあさんの手を離し嬉しそうに駆け出す女の子。
女の子が先に行ってしまったため、
おばあさんも当然、すぐ後ろから付いていくものと思い、
「どうぞ」と声をかけると・・・。
にっこりと、微笑んだおばあさんは、
「大丈夫ですから、どうぞ」そういって先を譲ってくれた
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆
少し躊躇いましたが、おばあさんの笑顔と、
あたたかいお言葉に甘え、先に進むと、
その女の子は、4~5段下りたところで立ち止まり、
振り返って「おばあちゃん」と呼んでいました。
おばあさんは、恐くなったり、不安になったりしたら、
お孫さんがちゃんと立ち止まって待っていること。
無茶をすることは無いと信じて、その手を離したのでしょう。
そこに、お孫さんに対する愛情を感じて感動しました。
そうか!だから笑顔で「大丈夫」と言ったのだと・・・。
★ 相手を信じてその手を離してみるということ
怪我でもしたら・・・。痛い思いをさせるのは可哀想だ。
失敗したら・・・。辛い思いをさせるのは可哀想だ。
それだけではなく、
何か起こってしまったら自分の責任になってしまう。
そんな恐怖から、相手の手を離せないことが多くあるのではないだろうか?
子供の手、孫の手、部下の手、後輩の手・・・。
守らなければと思っている大切な相手の手。
でも、
人は、痛い思いをして初めて、
『こうなったら、このくらい痛い思いをする』ということを学習する。
人が成長する過程には、守られているものから離れて、
チャレンジをしてみることは必要なこと。
経験して、感じて、初めて気づくことは、頭で思っているよりもはるかに多い。
自分のことを信じて「大丈夫」と言ってくれる誰かがいるから、
一歩踏み出す事ができる事もある。
相手を信じて手を離す・・・。
そこには、きっと相手の成長を本気で思う愛情が溢れている。
相手の可能性を信じて、手を離す事も必要であると共に、
自分自身の事も信じて、愛情と勇気を持って手放す事も大切なのだと、
深く感じる出来事でした。
日曜日であるため、家族連れも多いお昼前。
改札へ向かうには、
地上から幅の狭い階段を下りなければならない。
ちょうど、階段にさしかかろうとしたとき、
女の子の手を引いたおばあさんが右側からやってきた。
階段を見つけ、おばあさんの手を離し嬉しそうに駆け出す女の子。
女の子が先に行ってしまったため、
おばあさんも当然、すぐ後ろから付いていくものと思い、
「どうぞ」と声をかけると・・・。
にっこりと、微笑んだおばあさんは、
「大丈夫ですから、どうぞ」そういって先を譲ってくれた
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆
少し躊躇いましたが、おばあさんの笑顔と、
あたたかいお言葉に甘え、先に進むと、
その女の子は、4~5段下りたところで立ち止まり、
振り返って「おばあちゃん」と呼んでいました。
おばあさんは、恐くなったり、不安になったりしたら、
お孫さんがちゃんと立ち止まって待っていること。
無茶をすることは無いと信じて、その手を離したのでしょう。
そこに、お孫さんに対する愛情を感じて感動しました。
そうか!だから笑顔で「大丈夫」と言ったのだと・・・。
★ 相手を信じてその手を離してみるということ
怪我でもしたら・・・。痛い思いをさせるのは可哀想だ。
失敗したら・・・。辛い思いをさせるのは可哀想だ。
それだけではなく、
何か起こってしまったら自分の責任になってしまう。
そんな恐怖から、相手の手を離せないことが多くあるのではないだろうか?
子供の手、孫の手、部下の手、後輩の手・・・。
守らなければと思っている大切な相手の手。
でも、
人は、痛い思いをして初めて、
『こうなったら、このくらい痛い思いをする』ということを学習する。
人が成長する過程には、守られているものから離れて、
チャレンジをしてみることは必要なこと。
経験して、感じて、初めて気づくことは、頭で思っているよりもはるかに多い。
自分のことを信じて「大丈夫」と言ってくれる誰かがいるから、
一歩踏み出す事ができる事もある。
相手を信じて手を離す・・・。
そこには、きっと相手の成長を本気で思う愛情が溢れている。
相手の可能性を信じて、手を離す事も必要であると共に、
自分自身の事も信じて、愛情と勇気を持って手放す事も大切なのだと、
深く感じる出来事でした。