肉味噌をね


作っていたんです。



いっぱい作って



作り置きしようと思って



挽肉のジャンボパックを買って



肉味噌を作っていたんです。



稽古と本番が続く日々の中で



なかなかご飯を作る時間もないけれど



コンビニに頼りがちになってしまうけれど



せめて人間らしくあろうと



人の手で作られたものを食べようと



作り置きの肉味噌さえあればそれをレタスで巻いて食べるだけで良い



少しは健康を意識していると自分を誤魔化せる



そう思って夜な夜な



肉味噌を作っていたんです。





目分量で調理をしている私はいつも味噌を多く入れすぎてしまうきらいがあるから


同じ失敗はしまいと気をつけたんです。


人間とは失敗から学ぶものである


学ばす同じ失敗を繰り返すのは虫だという義務教育を受けて育ったものですから


私は虫になるまいと気をつけて


いつもより少量の味噌をボウルに取り分け


そこに砂糖を大さじ3杯と


お酒目分量


醤油目分量を加えて混ぜ


生姜とニンニクとごま油で炒めた挽肉の入ったフライパンにそれを入れたのです。



そこに水を加えて


あとはただ時が経つのを待つのみですから


水分が飛ぶまでの時間を有効に使い


トレーニングとストレッチを行えたら良いなと思って口を開けて虚空を眺めていたらあっという間に時が流れていて


程よくとろみがついたので火を止めました。



立ち上る湯気の香りがあまりにも良いものですから


私は恥ずかしくも自分の食欲が抑えられず



お行儀が悪いとは思いつつフライパンからスプーンでひと匙の肉味噌を掬い



ひぃ、ひぃ、ふぅ、と息を吹きかけ



カエルがハエを食べるかの如く可愛らしくパクりと食べたのでした。



するとどうでしょう



にんにくと生姜に引き立てられた肉の旨み


程よく鼻に抜けるごま油の香り


どこか素朴さを感じさせる味噌の優しい甘味



そういったものを一切感じさせることのない



塩味。




私はおったまげました。


マンションの自宅のキッチンにいるはずなのに


確かにその瞬間海を感じたからです。


あの夏の日に父親に連れられて初めて入った海


幼さ故に恐れを知らず


憧れていた海にザブンと飛び込み


水面から顔を出した時に感じたあの時の海水のしょっぱさ


確かにそれを感じたのです。



どうして



どうしてこうなった?



しょっぱくて痛くなった頭をフル回転させて原因を考えます。


そして、答えはすぐに見つかりました。



大さじ3杯の砂糖


これです。


信じたくないけれど


認めたくないけれど


このしょっぱさの答えはこれしかないのです。



どうやら私は



くっ


ち、調理師免許を持ち


あびこ飯創設者として知られるわたしはァ!












砂糖と塩を間違えてしまいました。















調子に、乗っていたのだと思います。


砂糖と塩なんて粒の細かさや質感で分かると


同じ容器にいれて使っていて


自分が失敗するはずがないと


そういった驕りが少なからずあったのだと認めざるを得ません。



砂糖と塩を間違えるなんて


アニメのヒロインが家庭科室でクッキーを作る時にだけするもので


そのしょっぱいクッキーを主人公が『うまいじゃん』と言って食べて


ルンルン気分で家に帰ったヒロインが余ったクッキーを食べて



なにこれ!
わたし、お塩とお砂糖間違えて…
でもアイツは美味しいって…

…あのバカ。






ってなる為だけのものだと


現実には存在しないフィクションだと思っていたのに


まさか私がドジっ子系ヒロインだったなんて。




やっと現実でドジっ子系ヒロインに会えたのに


それが自分だなんて。


攻略のしようもない。



人生はままならないものだなあと



私は鍋いっぱいの肉味噌(塩味)を見つめて深夜のキッチンで1人立ち尽くしたのでした。